地方再生に必要な視点 新しい産業構造への対応を

山下 一仁
上席研究員(特任)

中山間地域の条件が悪い農地の維持管理を支援する「中山間地域等直接支払制度」という政策がある。1998年、農林水産省に勤務していた私は地域振興課長に任命され、制度の設計から実施まで担当した。交付金支給の対象を、農地の保全のための協定を結んだ集落としたため、集落での話し合いも復活した。しかし、あくまでも農業生産条件の不利の補正であり、これで全ての問題を解決できるものではないし、中山間に限らず地域再生はますます難しくなっている。

過去の地域政策は効果を上げた。都市部と農村部の一人当たりの所得格差が3倍以上に拡大している中国のような問題はない。2016年、私が中国・国家発展改革委員会に招かれ、わが国の地域格差是正の政策について講演した際、彼らは真剣にメモをとっていた。それは主に地方への工業分散だった。

倉敷市の水島工業地帯は、1962年策定の「全国総合開発計画」に基づいた新産業都市政策の優等生だった。しかし、この政策が今では通用しない。トヨタやキヤノンは世界的に有名でも国内総生産(GDP)に占める工業の割合は2割を切り、サービス産業が7割に拡大したからだ。機械化が進んだ工業では雇用創出力も小さい。

外食店で作られた料理はその場で提供される。銀座に行かなければ銀座の料理店の料理や雰囲気は味わえない。生産する場所に多くの人・消費者がいなければならないサービス産業は、人が少ない地域には向かない。地方で人口増加対策を講じても、多様なサービスを提供する都会は地方から人を引き付け、さらにサービス産業を成長させる。これが今日、地域の再生を難しくしている。

米国に参考例がある。鉄鋼業とともに衰退したピッツバーグは、ピッツバーグ大医療センターを売り上げ1兆円超の世界最大級の医療集積機関とすることで再生した。

特色ある産業を中心に人口を集積し、そこにサービス産業を呼び込むことが、地域再生につながる。周辺地域の維持にかかる医療・交通などの社会的費用を削減するため、町の中心部に人口を集積させるコンパクトシティーは、そこでのサービス産業振興にも役立つ。逆に、農村部で営まれる米などの土地利用型農業では、少数の農家に人ではなく農地を集積しなければならない。

広域経済圏の中核都市に人口・産業を集積するとともに、周辺地域は子育て・介護・医療などの生活機能を重視したコンパクトで住みやすい田園都市または海浜都市を目指す。農業者はそこに住みながら農村に通って耕作する。魅力がある企業の存在する中小都市には、中核都市からも通勤すればよい。これが、人口減少と産業構造の変化に対応した、新しい地域像ではないだろうか。

幸い岡山県は人口集積に成功している。岡山市の人口は東京都第2位の練馬区に匹敵し、倉敷市は品川区を上回る。コンパクトな県土に、蒜山高原から瀬戸内海まで多様な自然や海・山の幸がある。もはや個々の市町村だけでは地域再生は難しい。市町村からのボトムアップの知恵や提案を生かしながら、県庁が中心となって調整を行い、広域的な地域再生を試みてはどうだろうか。

2024年4月14日 山陽新聞【提言】に掲載

2024年5月9日掲載

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