誰のための農政か

山下 一仁
上席研究員(特任)

備蓄米を放出してもコメ価格上昇に歯止めがかからない。スーパーや小売店に近い卸売業者でなく、集荷業者の農協に売り渡したのだから消費者に届くのに時間がかかる。

農協は集荷率を向上させるために、出来秋に払う仮渡し金をかつてない高水準で農家に提示している。これからすれば農協が卸売業者に販売する価格は高いままとなるので、小売価格も下がらない。農家は主食用のコメの生産を増加させるが、農協が低水準となっている在庫を積み増すと、市場での供給は増えず米価は下がらない。

昨夏以降一貫しているのは、コメの不足は認めない、価格は下げたくないという農林水産省の対応である。その根源に補助金を出して生産を減少させ、米価を上げようとする減反政策がある。野党も本気でコメ問題を取り上げようとしない。先の衆院選でも争点にならなかった。野党も農民票を逃がしたくないからである。逆進性の極みともいえる高い米価を求める点で、自民党から共産党まで国会はオール与党である。

農業界はコメを海外に依存すべきでないとして無関税の輸入枠拡大に反対する。しかし、異常な価格高騰を受けて、輸入価格がゼロ円でも難しいような水準に設定した高関税を乗り越えて、コメが輸入されている。

1960年以降、世界のコメ生産は3.5倍に増加したが、日本は主食のコメを減反で4割も減らした。戦時中の配給米2合3勺を供給するには1600万トンのコメが必要だが、備蓄米を入れても800万トンに満たない。シーレーン(海上交通路)が破壊されて輸入が途絶したら、どのような危機が生じるか想像できるだろう。減反は食料安全保障を損なう。コメ問題は農業界ではなく国民の問題である。

2025年5月15日 日本経済新聞(夕刊)「十字路」に掲載

2025年5月22日掲載

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