コメが泣いている

山下 一仁
上席研究員(特任)

テレビ番組で、水田の水張りが雑草を防ぎ川から栄養を供給する効果があると紹介された。畑に比べ、水田は除草剤などの農薬や化学肥料を節約する。少ない投入でより多く生産できる"持続的農業"である。20世紀初め東アジアを訪問したキング・ウィスコンシン大教授は、数千年続く水田農業に驚嘆し「東亜四千年の農民」を著した。

しかし、我が農業界は食料安全保障を唱えながら、コメ生産を補助金で減少させ不作や在庫減少を願う。供給が減れば米価は上がるからだ。1960年以降米価を3倍以上に引き上げ輸入麦の価格は据え置いたので、小麦の3倍以上あったコメの消費量は小麦と同じくらいまで減った。高米価で滞留した零細農家は工場勤務の兼業農家となった。田植え時期は、6月の麦の収穫後から、まとめて休みが取れるゴールデンウイークとなり、二毛作は消えた。

世界のコメ生産は60年から3.5倍に増えたのに、日本は4割も減らしている。減反を止め、生産を700万トンから1700万トンに増やして輸出すれば、今の38%の食料自給率は60%を超える。米価低下で主業農家中心の米農業となれば二毛作は復活し、麦の生産も増大する。乾田と湿田の繰り返しで、肥料や農薬をさらに節減できる。国民は米麦の生産を増加しながら3500億円の減反補助金を節約できる。米価低下で影響を受ける主業農家には1000億円の補塡で済む。

しかし、政府は、これまで2000億円以上かけて150万トンしか生産できない麦や大豆の生産を増加させるために、さらに財政負担をして水田を畑地化するとしている。水田の洪水防止や水資源の涵養(かんよう)などの機能も失われる。

農林水産省の皆さん、コメが泣いていますよ!

2023年8月17日付け 日本経済新聞(夕刊)「十字路」に掲載

2023年8月25日掲載

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