不健全な農政 リスク高く

山下 一仁
上席研究員(特任)

大手食品会社の幹部に、オランダはなぜ農産品の輸出額で世界第2位に発展したのかと聞かれ、とっさに「農業省を廃止し経済省に統合したから」と答えた。

日本の農業関係者は「農業と工業は違う」と主張する。「だから保護が必要だ」と言いたいのだ。しかし、経済学者シュンペーターの高弟である農業経済学者、東畑精一は、農業も他の産業と同じという大本を知ろうとしないで違う点ばかりを血眼に探していた日本の農業界は、農政学者・柳田国男の卓越した主張を理解できなかったと述べた。

農政の基本方針を定めた「食料・農業・農村基本法」見直しで、農林水産省は零細な兼業農家も農業の担い手に位置付けようとする。しかし、柳田は生産性向上に努力しない片手間農家が増えることは国の病だと断じた。農業界は生産コスト上昇を反映する〝適正な価格形成〟を主張している。柳田の後輩で経済学者の河上肇は、貧しい人がいる中で、このような考えを最も不健全なる思想と呼んだ。

需給で決まる価格帯に比べ高値に価格を設定すれば過剰が生じ、減産が必要となる。これは食料安全保障に反する。欧米の農政のように、価格支持を止めて「直接支払い」すれば農家所得は確保できる。だが、農業界はいまだに価格で農業を保護する思想から脱却できない。

農林水産省は、穀物価格の高騰などで輸入リスクが高まったとして、国産の小麦などの生産拡大を主張する。小麦の国内価格は多額の財政負担による価格補塡で引き下げられても、なお国際価格より高い。高い国産品を負担している日本の国民が輸入品を買い負けるわけがない。国内で生産するより輸入して備蓄した方が多くの食料を危機のために準備できる。論ずべきは〝農政リスク〟ではないか。

2023年6月7日付け 日本経済新聞(夕刊)「十字路」に掲載

2023年7月18日掲載

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