トランプ関税と世界貿易体制崩壊のリスク

浦田 秀次郎
特別上席研究員(特任)

2025年1月の再任以降、トランプ米大統領は、一連の強硬な関税措置を次々と導入している。2月から3月にかけ、中国、カナダ、メキシコからの輸入品に対して国別に異なる追加関税を課すと、その後、鉄鋼、アルミニウム、自動車および自動車部品といった特定産業を対象とする産業別追加関税を導入した。さらに4月には、貿易相手国による米国製品への関税率や非関税障壁、対米貿易黒字額などを考慮したうえで、国ごとに関税率を設定する「相互関税制度」を導入し、トランプ政権の関税政策は頂点に達した。

トランプ関税は、「関税及び貿易に関する一般協定(GATT)」の下で構築され、世界貿易機関(WTO)によって強化された世界貿易体制に対し、深刻な挑戦を突きつけている。この体制は、自由で開かれた国際貿易を促進することにより、第二次世界大戦後の世界経済の持続的成長に、大きく貢献してきた。

しかし、トランプ関税は、全加盟国を平等に扱う「最恵国待遇」や「約束した関税上限を超えない」とするWTOの基本原則に違反している。

主要経済国である米国が国際ルールを逸脱することは、制度の信頼性および予見可能性を著しく損なう。その結果、世界貿易の縮小、さらには世界経済全体の停滞を招くリスクをはらんでいる。加えて、トランプ関税は適用のあり方が場当たり的かつ恣意(しい)的で、世界市場に深刻な不確実性をもたらしており、貿易にとどまらず、投資や生産活動にも波及し、経済全体への悪影響は避けられない。

トランプ関税の導入目的は、貿易赤字の削減、製造業の再生、関税収入の増加、経済安全保障の確保、不法移民や麻薬密輸の抑止など、多岐にわたる。関税がこれらの目標の達成に一定の貢献を果たす可能性は否定できないが、最も効果的な政策手段とは言い難い。むしろ、トランプ関税は米国内における物価上昇や消費の抑制を招き、経済成長を阻害する可能性が高い。実際、相互関税制度が発表された際には、米国のみならず世界の株価が大幅に下落するなど、経済への不安感が顕在化した。

日本を含むトランプ関税の対象国が、貿易上の不利益を回避するために米国との個別交渉に動くのは、自国経済への影響を考慮すれば当然の対応といえる。とはいえ、世界経済において一定の影響力を有する日本のような国々は、より広い視野から、世界経済の安定的な成長に不可欠な世界貿易体制の維持・強化に貢献すべきである。

特に、WTOルールの順守を前提とした多国間協調の強化、ルール形成および紛争解決メカニズムの機能強化を含むWTO改革、さらには全会一致原則の限界を克服するための新たな枠組みの構築が重要である。たとえば、「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」などの自由貿易協定や、紛争解決手続として機能する「多数国間暫定上訴仲裁アレンジメント(MPIA)」など、志を同じくする国々による先進的な取り組みの推進・拡大が挙げられる。

日本は、これらの課題に対して主導的な役割を果たすことにより、ルールに基づく世界貿易体制の再構築に、積極的に寄与すべきである。

商工ジャーナル2025年9月号に掲載

2025年9月11日掲載

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