新型コロナ後のサプライチェーンを考える

浦田 秀次郎
ファカルティフェロー

サプライチェーンにより拡散した新型コロナの被害

新型コロナウイルス・パンデミックはサプライチェーンに組み込まれていた企業や国々の脆弱性をさらけ出した。サプライチェーンは新型コロナウイルス発生以前においては、工程間分業や技術移転などを通じて生産性を向上させ、経済成長に大きく貢献したが、新型コロナウイルス発生による経済への被害はサプライチェーンを通じて瞬く間に多くの企業・国々へ拡散した。

典型的なケースとしては、日本の自動車産業が挙げられる。新型コロナウイルスの発生により、中国の自動車産業の中心地であり新型コロナウイルスの発生地とされる中国・武漢では、2020年の1月末にロックダウン措置が実施され、自動車部品工場が閉鎖された。武漢からの自動車部品供給の停止は中国、日本、その他の国々の自動車組み立て工場の操業に大きな打撃を与えた。綿密に構築されたサプライチェーンを基盤として「かんばん生産方式」を採用している日本企業による自動車生産は低下した。2月の自動車生産は前年同月比で10パーセントの低下であった。

中国では新型コロナウイルス対策が功を奏して、3月、4月になると自動車部品生産が回復し始めた。一方、日本では新型コロナウイルス感染が拡大したことから、日本政府は4月に新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言を発出し、外出自粛等を要請した結果、日本での自動車生産は大きく低下した。4月の自動車生産は前年比45パーセントの低下であった。

中国からの部品供給の停止に対する日本企業の当初の対応は、在庫の取り崩しや既存のサプライチェーンを活用した国内やメキシコ等の業者からの部品の調達であった。時間の経過とともに中国からの部品の供給が回復したことから、自動車に対する需要が回復すれば、サプライチェーンの完全復活も達成されるであろう。

2011年に発生した東日本大震災やタイ・バンコクにおける大洪水などの自然災害によってサプライチェーンが物理的に分断された場合と比べると、今回はサプライチェーンが物理的には被害を受けていないので、回復にはそれほど時間は要しないと思われる。

高まるサプライチェーン多元化・強靭化への関心

サプライチェーンの比較的早い回復が予想されているが、中国における新型コロナウイルスの発生は多くの日本企業によるサプライチェーンの多元化・強靭化への関心を喚起した。その理由としては、新型コロナ問題の長期化や新たなウイルスの出現の可能性が挙げられるが、その他にもさまざまな理由が考えられる。1つは賃金の上昇である。中国では高成長が長期間にわたって続いていることから、日本企業が必要とするような労働力が不足している。この問題は新型コロナウイルス発生以前から深刻化していた。

多くの製品に関して中国依存度が高いことも日本企業や日本政府にとって中国が中心的位置を占めるサプライチェーンの多元化への関心を高めている。特に日本人の安全や健康を守るマスクなどの医療・健康製品、自動車部品や電子部品など日本の重要な産業を支える製品などで関心が高い。

米中貿易戦争によって中国から米国への輸出が難しくなっていることや、国家安全保障や経済安全保障上の理由から中国での生産に対する懸念が高まっていることも、日本企業にとって中国を含むサプライチェーンの多元化を推進させている。国家安全保障の問題は、近年、深刻度を増しているが、背景には中国が技術分野での主導的立場の実現を目指して、日本企業の持つ技術の獲得に熱心であることがある。

日本企業は中国が関与しているサプライチェーンの多元化に関心を高めているが、中国から撤退しようとしているわけではない。中国市場は巨大であるだけではなく、高い成長率が予想されることから、中国での操業は継続するが、それと同時にベトナムやインドネシアなどの東南アジア諸国が参加するサプライチェーンの構築に関心を持っている。

サプライチェーンの多元化・強靭化は、サプライチェーンの拡張だけではなく、短縮化や特殊部品から汎用部品への転換などさまざまな形で行われるが、それらの実施には費用がかかる。従って、企業はサプライチェーンの多元化・強靭化の便益が費用を上回ると判断した場合に実行する。

サプライチェーン多元化・強靭化へ向けての政府の役割

日本政府は、企業による費用を削減し、サプライチェーンの多元化・強靭化を支援するために、「新型コロナウイルスの感染拡大による経済の急収縮に対応する緊急経済対策」の一環として補助金事業の実施を5月に決定した。当事業には、2つの枠組がある。1つは日本国内への投資(生産拠点の国内回帰)であり、いま1つは、日本・東南アジア諸国連合(ASEAN)間でのサプライチェーン構築である。前者には2,200億円、後者には235億円の予算が配分されている。補助金は建物・設備の導入や実行可能性(FS)調査等に適用されるが、費用に占める補助金の割合(補助率)は2分の1(大企業)、3分の2(中小企業)、4分の3(中小企業グループ)となっている。

日本政府による補助金供与は日本企業によるサプライチェーンの多元化・強靭化を促すであろうが、企業の意思決定に影響を与える要素は他にもある。企業はサプライチェーンの多元化・強靭化の候補となる投資先の市場規模、労働賃金、インフラの整備状況、貿易・投資政策、政治・社会の安定性などさまざまな要素も考慮することで費用・便益を評価し、サプライチェーンの多元化・強靭化を決定する。

サプライチェーンの多元化・強靭化には、貿易や投資政策、経済協力政策などの対外経済政策が重要な役割を果たす。開放的かつ透明性が高く安定的なルールに基づく貿易・投資環境の構築は企業によるサプライチェーンの構築と強化に貢献する。アジア太平洋地域では、包括的・先進的アジア太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)の拡大、東アジア地域包括的経済連携協定(RCEP)の設立、世界貿易機関(WTO)の改革などが、この目的の実現を可能にする。

経済協力・経済援助は発展途上国のソフトおよびハードなインフラ構築・整備に大きく貢献する。ソフトインフラには効果的な教育制度や法制度、ハードインフラには効率的な輸送や通信制度などが含まれる。ASEANにおけるインフラの整備は日本企業による生産拠点の設立を促し、サプライチェーンの多元化・強靭化に貢献する。

先進的IT技術を基盤とするサプライチェーンの構築

公衆衛生専門家は新型コロナウイルス感染の長期化や将来における新たな感染力の強いウイルスの出現を警告する。これらの警告は企業に対してヒトやモノの移動、特に国際間移動が断絶されるという前提に基づく新たなサプライチェーン戦略の策定を駆り立てる。

1つの有力な戦略として、ヒトやモノの移動を伴わない先進的IT技術を用いた戦略が考えられている。モノの移動はデータの移動で代替できる。例としては、3D印刷技術がある。企業は部品の輸送を部品の生産に必要な3D印刷に用いるデータを送ることで代替できる。一方、ヒトの移動制約に対しては、ロボットで代替できる。例えば、労働者の出勤停止による工場操業の停止に対しては、AIにより稼働されるロボットの活用で対応できる。

IT技術を基盤としたサプライチェーン戦略が本格的に稼働するまでにはある程度の時間が必要であると思われるが、その動きはすでに始まっている。このようなビジネス活動における主役は民間企業であるが、政府は民間企業の行動を支援する重要な役割を果たさなければならない。政府による支援の最も重要な役割としては、データの自由な移動を保障するルールに基づく開放的な多角的制度の構築である。そのような制度の構築に当たっては、既存の二国間・複数国間の協定を土台とすることが効果的であろう。具体的には、CPTPP、日EU経済連携協定、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)、日米デジタル貿易協定などである。昨年(2019年)の大阪でのG20首脳会議で、安倍晋三首相は世界貿易機関(WTO)でのデータ貿易に関するルール作りへ向けての議論を推進するための「大阪トラック」を打ち出した。

国際間のデータ移動に関する1つの重要な争点は、自由な移動とプライバシー、サイバーセキュリティ、消費者の権利、規制監督、産業政策等を動機とした規制とのバランスである。データの国際間移動の重要性を認識することは、効率的なサプライチェーンの構築だけではなく、イノベーションや経済成長を推進するためにも重要である。


本コラムは、筆者による以下のブログを拡張したものである。
Shujiro Urata, Reimagining global value chains after COVID-19, East Asia Forum, July 2, 2020
https://www.eastasiaforum.org/2020/07/02/reimagining-global-value-chains-after-covid-19/

2020年7月14日掲載

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