Special Report

グローバル・バリュー・チェーンの行方

浦田 秀次郎
RIETI理事長

冨浦 英一
RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー(一橋大学大学院経済学研究科 教授)

浜口 伸明
RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー(神戸大学経済経営研究所 教授)

戸堂 康之
RIETIファカルティフェロー(早稲田大学政治経済学術院経済学研究科 教授)

これまで世界の経済成長と途上国の発展の原動力となってきた国際的な生産ネットワーク、いわゆるグローバル・バリュー・チェーン(GVC) は、米中対立の深刻化、先進国と途上国の賃金格差の縮小、サプライチェーンリスクの顕在化、ロボットによる無人生産工場の誕生などにより、大きな転換点を迎えつつある。 GVCはこれまでどのように拡大し、世界経済の発展にどのような役割を果たし、現在どのような課題に直面しているのか。GVCの将来はどうなるのか。今後の日本政府や大企業・中小企業の取り組むべき方向は何か ― GVCの課題と展望について、各分野の専門家が議論した。

司会:佐分利応貴 RIETI 国際・広報ディレクター・上席研究員(経済産業省大臣官房 参事)

GVCの発展と世界へのインパクト

佐分利:
最初に、浦田理事長から、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)発展の歴史についてお話しいただけますか。

浦田:
GVCは、サービス業も含まれますが、主に製造業の企業による国際分業パターンの1形態です。企業が生産プロセスを分解し、それらを低コストで行える場所に配置してサービスリンクで接続することで、効率的な生産を実現するものです。GVCによって部品などの中間財の貿易が大きく拡大したことが、世界経済のグローバル化を推進した1つの要素でもあります。

GVCは、1960年代ごろに、多くの部品を使う自動車や電機、電子機器などの米国の企業から始まりました。日本の企業が活発にGVCを展開するようになったのは、円高が急激に進んだ1980年代半ば以降です。多くの場合、東アジア地域がGVC展開の対象となりました。

GVCの発展には、供給側である企業側に、本国での労働賃金の上昇や為替レートの切り上げなどによる生産コスト上昇があったこと、また、経営陣が海外での活動の経験を蓄積して海外拠点の経営を効率よく行うことができるようになったことも追い風となったと思います。一方、需要側である受入国は、GVCに加わることで、雇用機会の拡大や外国市場への参入、技術移転などを通じた経済成長の促進を得られるという認識を持つようになり、外国企業によるGVC構築を促進する政策を実施してきました。これらの供給側と需要側の要因と併せて、製造技術の進歩や通信サービスコスト・輸送サービスコストの低下がGVCを推進したといえます。

佐分利:
従来の加工貿易とGVCには何か質的な違いはあるのでしょうか。

浦田:
加工貿易は原材料を本国から外国に輸出し、そこで比較的単純な工程、衣服であれば縫製を行い、それをまた買い取るというような取引であり、GVCに似た面はあるのですが、GVCは、より複雑な生産の取り決めを要します。さまざまな国でさまざまな部品を作り、それを1カ所に集めて、完成形に組み立てる。このような複雑さが日本企業のGVCの特徴だといえるでしょう。また、加工貿易とGVCの重要な違いは、知識や技術の国境を越えた伝播の有無だと思います。加工貿易では単純な作業を行うだけですので、知識や技術の伝播はほとんどありません。一方、地場企業はGVCに参加することで外国企業から新しい技術や経営ノウハウなどを吸収することができるので、生産性が向上します。このような技術のスピルオーバーがGVCに参加する企業を擁する途上国の経済成長に貢献します。日本を含む先進国にとっては、GVCの一つのタスクとして行われる海外での研究開発が、本国の親企業の生産性向上に結び付きました。

戸堂:
私も、GVCではモノの取引に付随して知識技術の波及が起こった点が非常に重要だと考えています。GVCが途上国、新興国の生産性を向上させたことは多くの研究成果が示していますが、先進国も、企業間の国際共同研究などが活発化し、イノベーション促進に貢献してきた。それがGVCだと認識しています。

冨浦:
GVCが展開してきた要因として、技術的な面と政策的な面の両方があったと思います。インターネットが普及して細かな分業が技術的に可能になったことと、途上国全体が国内産業保護から対外直接投資促進に移行したこと、そして何より米ソ冷戦が終わり、中国が改革開放を掲げてWTOに加わったことが、GVCを大きく加速させました。

浜口:
地域経済の視点からは、GVCの1つ手前の段階で地方へのバリューチェーンの展開、Local Value Chainがあったことも指摘したいですね。1970年ごろから工場立地法(1973)や工業再配置促進法(1972)により工場の地方への再配置政策が進められました。その後1990年代以降、GVCが本格化する中で、地方は途上国との競争や分業を迫られ、さらにオートメーションや生産性の向上が求められました。それは付加価値を高めていくきっかけにはなりましたが、地方の製造業の雇用自体は減少していくような流れになっています。

浦田:
ASEAN(東南アジア諸国連合)のAFTA(ASEAN自由貿易地域)など、多くの国が参加するような形での自由貿易協定も、特にASEAN加盟国相手のGVCの構築に貢献したのではないかと思います。その後、ASEAN+1型FTA(ASEAN+日本、ASEAN+中国、ASEAN+韓国など)もできましたし、CPTPP(アジア太平洋地域における経済連携協定)や2022年からはRCEP(東アジア地域の包括的経済連携)もできたということで、GVCが円滑に運営される状況が政策面でかなり整ってきたのではないかと思います。

GVCの直面する課題とは

佐分利:
米中対立の影響など、GVCは現在どのような問題を抱えているのでしょうか。

冨浦:
GVCは国内外のコスト差を生かすという成り立ちがあり、中国などで低賃金労働力が大量にあるという前提で始まっていました。しかし、中国も沿海部などでは日本と賃金差があまりない状態も見られますし、必ずしも外資優遇ではない政策に転換していて、潮目が変わってきています。

また、最近はインターネットも分断されてスプリンターネットといわれる時代になっています。コスト面での差を探そうとすれば、中国からベトナム、ベトナムからバングラデシュへと、どんどん遠くへ移転を繰り返すことになり、かなりチャレンジを受けています。

また、浦田理事長がサービスリンクに、戸堂先生が技術移転の話に触れられましたが、GVC自体はモノの貿易がメインだとはいえ、細かい国際分業や共同研究を支えるためには、どうしても緊密な情報のやりとりが必要です。そこで、知財保護や、個人情報や個人データを移転しても大丈夫かなどの制約が増えていて、単にコスト面だけでなく、法制度の信頼性という問題が加わってきています。そういう意味で、GVCはコストと制度の信頼性という二重のチャレンジを受けているのではないでしょうか。

佐分利:
これまでGVCで統合されていった世界が、今は逆回転を始めていて、コストや法制度の信頼性といったさまざまな形できしみが生まれている状況ということですね。

戸堂:
もしコストより制度が重要になると、先進国相手にGVCを広げる方が理にかなっているという考え方もあり得ると思うのですが、冨浦先生いかがですか。

冨浦:
今まではとにかくコストの安い方へと単線的な一方向の動きでしたが、今後はそれだけでなく、高度な作業や制度にかなり依存するような性質のタスクは、欧米など先進国、あるいは法制度の整った、信頼性、透明性が高い国に置かれるようになるでしょう。

とはいえ、細かいタスクを異なった地域でつないでいくことはコストアップ要因になると思いますし、いま国際的に問題になっていることですが、サプライヤーのサプライヤーのサプライヤーなどさかのぼった先で、軍事転用、人権侵害、児童労働などの問題がないかの確認が必要だとなると、それもまたコストアップ要因になってきます。

サプライチェーンやバリューチェーンの話になると、リチャード・ボールドウィン氏と英オックスフォード大学のアンソニー・ベナブル氏による分類があります。その類型分けに従うと、長く伸びた生産工程が多くの国々に立地するスネーク(ヘビ)型は寸断に弱いので、多くの国々のサプライヤーから中間財を寄せ集めるスパイダー(クモ)型の方がよいという議論になるでしょう。最近では、スパイダー型でも「足」を短くして製造拠点を国内に留めるべきだという議論も増えてきています。しかし、大地震の可能性が高い日本では、国内に製造工程を集中させることによるリスクは考慮しなければなりません。

また、これは戸堂先生が研究されていることですが、サプライチェーンの途絶には、特定の国とのリンクが切れる場合と、感染症などですべて途絶される場合の2種類が考えられるので、リスク回避のためには各地に分散化しつつ、高度な作業についてはコストは高くても制度の整った国に行くという選択肢もあり得るのではないでしょうか。

戸堂:
GVCにはコスト以外のさまざまな課題がありますが、その解決のためのさまざまなオプションも実はあるかもしれません。その意味では、そうした課題にうまく適用することによって、より進化したGVCができるとも思います。

冨浦:
先ほどの浦田理事長の話を聞いて感じたのですが、長いスパンで見ると、90年代に中間財の貿易や世界経済全体が非常に速いスピードで拡大したのは、やはり米ソ冷戦が終結し、ベルリンの壁が崩壊して、世界中の通信が容易になったからだと思います。政治的制約や安全保障上の制約など気にしなくてよかった冷戦終結直後の時代と比べると、今は制約条件が増え、コスト差も縮まってしまった。だからもう一段階デジタル化を進めないと突破できないのではないでしょうか。そういう厳しい課題にGVCは直面していると思います。

チャイナ・ショックが日本にもたらす影響

佐分利:
続いて、戸堂先生から、チャイナ・ショックの分析についてお話しいただけますでしょうか。

戸堂:
米中の分断が進み、中国の台湾侵攻のリスクが実際に高くなってきていますが、中国からの輸入や中国への輸出が途絶する状況を「チャイナ・ショック」とし、このようなショックが起きた場合の日本経済への影響を試算しました(注1)。試算には、RIETIが東京商工リサーチから入手したデータを使用していますが、これは100万社以上、取引関係400万以上を含む大規模データです。試算の結果、輸出途絶の影響よりも輸入途絶の影響の方が国内のサプライチェーンを通じた増幅効果が大きいことが分かったので、ここでは特に輸入途絶の影響についての結果を申し上げます。

中国からの輸入が80%、2カ月間途絶した時、その期間の日本企業の生産は約15%減少します。これは、企業の売上高の総計で53兆円、付加価値生産額の合計で12.8兆円に相当するものです。なお、同期間に途絶する輸入額は約1.4兆円であるという結果になっています。

ただし、これらの数字はあくまでも一定の仮定に基づく結果で、仮定を変えると数字は変わります。例えば、今回の試算では、各企業が保有する中間財の在庫を平時の使用量の平均12日分と仮定していますが、それを平均9日分と変えただけで、同程度同期間の中国からの輸入途絶によって、付加価値生産は約40%、額にして34兆円減少します。また、途絶した取引相手をどのように代替できるのかの仮定を変えても、やはり結果は変動します。

従って、この試算は、輸入途絶が日本経済に及ぼす影響を正確に推計するというよりは、輸入途絶の影響がどのような要因で増幅されるのか、どのような政策でその影響を最小限にできるのかを分析しようとしたものなのです。

その前提で、試算から得られた結論を申し上げますと、途絶された輸入額に比べて、減少する付加価値生産額はその10倍から数十倍になるということです。これは、生産減少の影響が国内のサプライチェーンを通じて川下に波及していくからです。

輸入途絶の影響は、途絶された輸入額だけで決まるわけではありません。例えば、経済産業省の「企業活動基本調査」によれば、企業の中国からの輸入総額はその他アジアからの輸入総額の半分程度ですが、中国からの輸入途絶とその他アジアからの輸入途絶が日本企業の生産減に及ぼす影響はほぼ同じです。また、産業別に輸入途絶の影響は大きく異なることも認識しておく必要があるでしょう。例えば自動車産業では、輸入企業は比較的川下にあるため、輸入額に比べて途絶による生産減少額が小さいです。しかし、化学、プラスチック、金属、機械などの産業では、輸入企業は比較的川上にあり、途絶による増幅効果が大きくなります。電機電子産業における輸入途絶の影響は大きいですが、これはこの産業の輸入額が大きいためで、途絶による生産減少額は、輸入額が比較的小さいが日本企業がサプライチェーンの川上に位置している化学、金属などと同等なのです。

このように、その企業がどの産業なのか、サプライチェーンのどこに位置しているのかが、輸入途絶の影響を決める非常に大きな要素なのです。もう1つの大きな要素は、サプライヤーの代替性で、どのくらい代替できるかの仮定を変えると、生産減少額も変わってきます。代替しやすければ生産額への影響も少なくて済むので、こうした輸入途絶ショックへの対策としては、国内におけるサプライヤーで代替できるようにしておくこと、また、部品の在庫を増やすことです。在庫を少し増やすだけで、輸入途絶ショックによる生産減少を大幅に緩和することができます。研究で明らかになったことを、ぜひ政策として、そして企業の方々にも考えていただければと思っています。

浦田:
例えば1年、2年という中長期な影響を見た場合、シミュレーションはどうなるのでしょうか。

戸堂:
仮に1年間輸入の途絶があった場合には、その途絶した製品について国内生産そのものが増えることが現実にはあると思いますが、今回のシミュレーションでは国内生産が増えることは考慮に入れていません。例えば、中国からのレアアースの輸入が途絶した場合には、他の国から輸入したり、レアアースを使わないような技術が開発されたりという代替が想定されますが、そうした中長期的な影響は今回の仮定に入れておりません。そういう意味では、短期的な影響の分析だと見ていただければと思います。

佐分利:
戸堂先生のお話を聞いて、資源エネルギー庁の取り組みと似た構造があると感じました。資源エネルギー庁では、石油の輸入国の多角化をし、石油の国家備蓄や民間在庫を増やし、石油に替わる新エネルギーの開発にも取り組んでいますが、このようにエネルギー分野では国として取り組んでいる対応と同様のことが、今は各企業に求められているという厳しい状況だと思います。

浜口:
中国のロックダウンで印象的だったのは、中国の中でも特に上海にいる企業に日本の調達が集中していたため大きな影響が出たことです。

先ほどの調達先の代替について教えてください。このモデルで想定しているのは、既にいくつか調達先があって1つが駄目になったときに他からの調達を増やすということでしょうか。それとも新しい調達先を見つけて代替するということでしょうか。

戸堂:
ここでは、他の国からの輸入を増やして調達することはできないと仮定しています。ここでいう代替とは、国内サプライヤーによる代替です。つまり、同じような部品を日本国内の企業の生産キャパシティーが余っていれば調達できるものと仮定しています。ですので、もし中国に代わる調達先を東南アジア諸国で見つけることができれば、もっと生産減少に対する影響は小さくなると考えられます。

いずれにせよ、これまでは企業の戦略として「選択と集中」が叫ばれてきましたが、私のシミュレーションの大きなメッセージとしては、「集中するより分散した方がよい」ということです。部品を中国など特定の国からの輸入に強く依存していると、輸入の途絶が起こった場合に大きな影響があるので、それを見越して平時から特定の国への依存度を低減しておいた方が、より安全であるといえるでしょう。

冨浦:
短期の対策としては、やはり在庫を積み増すことが一番確実ですが、長期的には調達先を分散化した方がいいわけです。とはいえ、調達先を分散化して二重・三重にすると、当然コストが上がってしまう。そこが難しいですね。

戸堂先生はミクロ個別取引のネットワークの研究もずっとされていますが「ショックを受けても同じ相手と取引して、なかなか新しい取引関係は生まれない」というご指摘があったと思います。特に差別化された財の場合、同等の調達先を見つけるのは難しいでしょうから、途絶しても簡単に代替ができない。そういうことが、マクロの数字以上にミクロに分解していくほど結構多く見られるのではないかと思いました。そういう産業セクター・レベル別の数字と戸堂先生が研究されているミクロのネットワークの話は、どう関係していると理解したらよいでしょうか。

戸堂:
それも重要な点です。数年前に東日本大震災のケースでの推計では、やはり産業ごとに集約して推計したシミュレーションした結果と、企業レベルでシミュレーションした結果とでは、非常に大きな差がありました。企業レベルの方が途絶の影響が大きく出るのですが、おそらくそれが実際に近いのだろうというのがわれわれのスタンスです。

サプライチェーン途絶の影響を最小限に抑えるために、企業は平時よりBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)を策定し、どのサプライヤーからの供給が途絶したらどのサプライヤーで代替するということを想定しておくべきでしょう。企業で、特に自動車産業では、サプライチェーンの大規模なデータセットを作成していて、「ここで災害が起きたらどう代替するか」を普段からシミュレーションしていると聞いています。

中小企業にもBCP対策が求められる時代に

佐分利:
浜口先生、こうしたショックは、地域企業にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

浜口:
中国のロックダウンをきっかけに、サプライチェーンの途絶に関して地域別に何か差が見られたかを鉱工業生産指数で調べたところ、特に大きな差はありませんでした。日本全体にしてみれば、必要な部品が入ってこない等の影響は確かにありますし、自動車や半導体の製造が集積している地域では確かに影響はあったようです。ただ、マグニチュードとしては地域による影響の差はそれほど大きくありませんでした。

また、生産調整についても、中国のロックダウンの前から、世界全体のコロナ禍により各企業が段階的にさまざまな対応を取っていたことも、ショックの大きさを和らげたのではないかと考えています。

最近の状況についていえば、米中対立による地方経済への影響と、脱炭素による影響があります。米中対立の関係では、半導体関連の国内投資が進みつつあり、ご存じの通り、熊本県には政策的に誘致された大規模な台湾の半導体工場ができます。また、北海道の千歳市にも同様の計画があるということですし、同じように半導体関連の投資が進んでいる県がいくつかあります。

コロナ禍で2020年に1度落ち込んだ鉱工業生産指数(IIP)が、2022年にどの程度回復したか、その指数の水準を比較したところ、ほとんどの都道府県でプラス成長でした。しかし、2018-19年のコロナ以前の水準までIIPが回復している都道府県は数えるほどしかありません。岩手県、宮城県、長野県、山梨県、熊本県、三重県、そして秋田県だけです。

熊本県は、前述の半導体工場ができますし、岩手県、宮城県はどちらも半導体製造装置等の産業が集積していて、長野県、山梨県も同様です。三重県では半導体製造の投資が行われており、秋田県は恐らく洋上風力発電の投資が進んでいるのではないかと思われます。

このように、米中対立を背景とする半導体関連の国内投資の成長や、今後期待されるエネルギー転換に向けた投資というものが、一部の都道府県の地域経済を牽引していく可能性がうかがわれます。

また、サプライチェーンのレジリエンスという観点からは、「中小企業等経営強化法」が今年改正され、中小企業が自家発電機や制震・免震装置などの防災・減災設備を新たに導入した場合、特別償却(20%)が得られるという税制上の措置が新たに設けられるなど、中小企業等がBCPに対応した投資を奨励する制度が日本でもできています。現在、中小企業のBCP対策が最も遅れているのですが、この点を今後も強化していくことが、地域経済を守っていくためにも非常に重要になっていくのではないでしょうか。

冨浦:
中小企業のBCPは確かに難しい問題だと思います。グローバル展開をしている大企業は、サプライチェーンのかなりの先の方まで情報を集めてきちんとデータベースを整えていて、軍事転用や人権侵害等のリスク管理も含め企業グループ全体でのレジリエンシーを備えているケースがあるでしょう。一方で、中小企業は自社でできることが限られています。このため、個別の企業のBCPの対応を足し上げても、国全体としての最適にならないのです。

このため、中小企業の人も利用できる形で、BCPに関する情報が共有されるとよいでしょう。取引先のデータは、センシティブなものが多いので簡単には共有できないでしょうが、金融機関等でも取引先のさまざまなリスクを評価するような動きがあります。中小企業のサプライチェーン全体についてのリスク評価や、そのリスクの下流企業への影響予測を提供することなどは、金融リスクについて議論されているように一考の余地があるように感じています。

浜口:
冨浦先生がおっしゃった通り、中小企業がBCPのため生産拠点を複数持つというのは実際には難しいですね。制震・免震装置などを導入してある程度までの災害に備えるという対応が精一杯なのではないかと思います。ましてや、そのサプライチェーンの奥に潜むリスクに関して、例えばどこかで児童労働が行われているとか、環境破壊的な開発で得た鉱物が使われているといった情報は、中小企業にはアクセスが非常に難しいでしょう。

仮にそういったリスクに関するデータベースがあったとしても、誰でもアクセスできる公共財にはなっておらず、各民間企業がコンサルティング会社やITベンダーからサービスとして買うか、会社独自でデータベースを構築しているわけで、情報共有は進んでいないと思います。

最近、いわゆるDXが進んでいく中で、どの程度こうしたリスク情報の共有が進んでいくのかは重要なテーマだと思いますが、国の政策として、サプライチェーンの奥に潜むリスクから中小企業を守るという観点があるとすれば、情報に対する何らかの取り組みが必要になってくるのではないかと私も考えています。ただ、実際は今のところ、非常に高価な対応策ではあるので、中小企業の手には届きません。

戸堂:
私は少し楽観的な見方をしています。というのも、BCPの策定は、その中小企業にとっては非常にコストがかかるものですが、川下にいるメーカーとしてはサプライヤーである中小企業にきちんとBCP対策をしてもらいたい。それにより自分たちも得をするわけですから、当然、サプライヤーである中小企業に対しても、そうした知識を教えていくインセンティブを持っていると思うのです。

実際に、サプライチェーンを通じてBCPを策定していく、BCP策定の指導が行われているという状況も見聞きしていますし、最近中小企業の方に伺った話では、「メーカーからBCPを作れというプレッシャーがすごく強いんだよ」と。サプライチェーンというのは、モノの取引だけではなくて、情報の重要な経路にもなっているのではないかと思います。

ただ、系列的に強いつながりを持っているサプライチェーンの場合には、インセンティブが非常に強かったわけですが、そうではない、独立的な中小企業がどこまで対応できるかというのは課題です。さらに、浜口先生がおっしゃったように、海外でということになると、ますますそれが難しくなるでしょう。ただ困難とはいえ、GVCを通じて人権や環境に関する知識・認識を広めていくのは、決して不可能なことではないはずです。一企業でできる場合もあれば、できない場合もありますので、政策的にそれを支援していく必要があると考えています。

GVCの展望と日本の政府・企業の目指すべき方向は

佐分利:
ありがとうございました。本日のまとめとなりますが、GVCに関する今後のリスクやチャンス、日本政府や企業へのメッセージをお願いします。

浦田:
私は途上国に関心があるのですが、途上国から出てくる不満として、GVCのタスクの中で、単純労働のタスクが途上国にあてがわれることが多いことがあります。途上国は、できるだけ付加価値の高い方向にシフトしたいわけですが、それが非常に難しい。低賃金の労働集約的な工程から抜け出せない、そういう不満があるわけです。

この不満を解消するには途上国は労働者の能力を向上させることが必要です。そのためには、国民の教育や労働者の訓練を行わなければなりません。一方、日本などの先進国は協力を通じて途上国の人材育成に貢献することが期待されます。途上国の労働者の能力が向上すれば、付加価値の高いタスクを担うことができるようになります。労働者の能力の向上には、先ほどお話しした地場企業によるGVCへの参加が有効です。そこで、GVCを構築し運用している外国企業を誘致する必要があるのですが、そのためには途上国は自由で開かれた貿易・投資環境を構築することが重要です。

アジア太平洋地域での貿易・投資環境の整備における日本の役割は、CPTPPやRCEPでの加盟国によるルール遵守の推進、ルールの質の向上、加盟国の拡大などを牽引していくことでしょう。さらに、WTO改革を含めて世界の貿易・投資環境の整備への貢献が望まれます。途上国に対するインフラ整備への協力も必要です。具体的には、輸送や通信分野での設備建設などのハードインフラと共に教育を通じた人材育成やビジネス環境の向上に資するような法制度の整備などのソフトインフラの構築や整備が重要です。インフラが整備されれば、日本企業のGVCを途上国にさらに広げていくことも可能になります。

冨浦:
今回はコロナ禍や米中対立の影響がメインテーマだったのですが、ロボットやAIの発達により、そもそも単純労働を低コストの国へ移す必要がなくなった、資本集約的に機械化されて先進国の無人工場でやればいいという話が出ていたところに、サプライチェーンの寸断の問題がここ数年の間に現れました。そのため注目が移ってしまった感じはあるのですが、この機械化の問題は残っていて、LLDC(後発開発途上国)のような最貧国が、中国のような路線で発展していく道が閉ざされてしまって、次の一歩をどう踏み出せばいいのだろう、という状態になっている気がします。

この問題への明確な解はまだありませんが、先進国であっても、途上国と賃金差がなくなりつつある今、低賃金労働で生産拠点になる道が、その国にとってハッピーな道なのかどうか。ロボットと競合するのが果たしていいのか。さらにChatGPTのようなAIの登場によって、文書を書くという知的な仕事も脅かされるということになると、戸堂先生がおっしゃるような高度な国際共同研究の議論ですら問題の立て方自体が変わってくる可能性がある。このような非常に大きな問題があると思います。

戸堂:
途上国に関しても、私はやや楽観的な見方をしています。途上国でもGVCがその技術移転の非常に強力なツール・経路になっているということは間違いないと思います。この前、久しぶりにインドネシアに行き、地場企業をいくつか回ってきたのですが、日本企業とのつながりを活用して、うまく技術を吸収していました。例えば、1社は自動車産業の企業で、私も学生も彼らのトレーニングに参加しました。彼らはカイゼンをきちんと理解していて、しかも新しい工場では自分たちでカンバンを電子化して独自のシステムを作っている。このようにどんどん技術を吸収することで、自社の技術のアップグレードが実現できていたのです。もちろん、うまくいくケースがすべてではないでしょうが、そうした可能性を秘めているというのがGVCの大きな特徴なのではないかと思います。

途上国への技術移転をきちんとしている日本企業を、途上国にきちんと売り込むのであれば、ある程度政策的に進めていくことも必要でしょう。今後は友好国とのサプライチェーンを拡大する、フレンド・ショアリングを行っていくことも大事になってくると思います。

浜口:
日本や先進国が、かつて工業化を進めていた時代にはあまり気にしてこなかった環境問題や企業の社会的責任という問題が、今はGVCで生産活動がグローバルに結ばれてきたことにより、発展途上国にもそういった義務や考慮が課せられつつあります。

途上国側からすると、それは先進国の勝手な理屈だということになるでしょう。現在、グローバル・サウスという考え方が非常に注目されています。グローバル・サウスの国々が環境や社会的責任を果たす上で必要となる援助について、G7などの先進国が、ODAというチャネルを使って応えていくことは、GVCを円滑にかつ持続可能な形で発展させていく上で必要になってくるのではないかと思います。

それに対して、例えば中国の企業がアフリカにおいて環境や社会的責任を必ずしも重視しない形で、あるいは非常に搾取的な形でGVCを構築したときに、われわれはこの流れとどう向き合っていけばよいのだろうかという問題も、別途議論を深めていかなければと思いました。

佐分利:
GVCの議論は世界中でなされていますが、GVCについて歴史的経緯からその役割・途絶の影響、そしてその将来といった全体像を議論できるチャンスはなかなかなく、今日の先生方の議論は大変勉強になりました。GVCがなければ世界経済の発展も、中国の発展も、途上国の発展も、イノベーションもない。しかし、一方で、GVCを形作ってきたそもそもの前提がひっくり返っていくという新たな問題もあるという重要なご指摘もいただきました。GVCが今後どのような姿になるかは、世界にとって、日本にとって、極めて重要な問題であり、引き続き注視し考えていく必要があるかと思います。本日はありがとうございました。

脚注
  1. ^ RIETIディスカッション・ペーパー No.22-E-062 “Propagation of Overseas Economic Shocks through Global Supply Chains: Firm-level evidence” 井上 寛康(兵庫県立大学/理化学研究所)/戸堂 康之 RIETI ファカルティフェロー

    2023年6月13日掲載

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