2022年11月のChatGPTリリース以来4年近くが経過し、生成AI(人工知能)の利用は個人、企業を問わず浸透してきた。この1、2年は自動化に重点をおくAIエージェントやフィジカルAIが大きな注目を集めている。
AIに対する期待感がさらに強まる一方、その経済社会への影響には不安感や悲観論も同時に高まっているようにみえる。この時点で再度、AIの経済社会への影響を最新の学術研究を踏まえながら考えたい。
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最近の注目すべき動向としては、まず、AIの暴走が挙げられる。米オープンAI社の開発中のAIが管理者の意図に反してサイバー攻撃を行うという事故が、7月に発生した。最高経営責任者(CEO)のサム・アルトマン氏が指摘しているように、AIの爆発的な進化によって人間が制御不可能になる転換点を意味する「シンギュラリティー(技術的特異点)」が現実味を帯びてきたといっても過言ではあるまい。
もう一つは、加速している米テック大手の数千から数万人に及ぶ人員削減である。また、米国のZ世代の若者が四年制の大学ではなく、コミュニティーカレッジや職業学校で電気工事、配管工事、溶接、冷暖房設備といった職業資格を目指しているという報道も目にする。恐れていた、AIによるホワイトカラー駆逐の時代到来、と思う向きも少なくないであろう。
ただし、雇用の動きについては注意が必要だ。過去の大量採用による人員余剰や成長鈍化が理由なのに、AIを解雇理由に挙げる「AIウオッシング」にすぎないという指摘がある。AIが理由であっても、AIによる代替ではなく、AI投資のための資金確保を目的としたケースも多い。
若者が現場職を求める動きは生成AI導入前から始まっており、これは高等教育の高い学費による、ローン苦の影響も見逃せない。
雇用への影響を正しく理解するには、現実のデータに即し、生成AI導入以後、蓄積が進んできた学術的研究成果を参照する必要がある。ここでは、米国を中心とした生成AIの雇用への影響に関する実証分析結果の、3つのポイントについて述べてみたい。
第一は、雇用全体への影響はまだみられないが、AIの影響を受けやすい職種において(1)エントリーレベルの若年労働者(22〜25歳)(2)オンライン労働市場でのフリーランサー(高スキル含む)――の明確な雇用減少がみられることが、いくつもの研究で明らかになっている。所属企業・組織の暗黙知の蓄積が少ない労働者が、AIに代替されやすいと解釈できる。
第二は、生成AI利用によるパフォーマンス向上は、高スキルより低スキル従業員の方が高いことが多い、という結果だ。AIはこれまでの技術革新とは異なり、労働者間の格差を縮小させる方向に働く可能性を示唆している。
第三は、特定のジョブ(職種)を構成している各タスク(仕事)は、相互に連関しているという認識のもと、職種の平均的なAI曝露(ばくろ)率(タスクごとのAIで代替される割合)をみて、各職種の比率をそのまま雇用喪失可能性に結び付けるという単純な手法への反省である。
ジョブの中のタスクはそれぞれ連関している。あるタスクが自動化されれば、他のタスクの価値が高まり、労働者はそのタスクにより時間をかけることで、かえってそのジョブの賃金が上昇する可能性もある。
実際、最近の研究では、ジョブごとのAI曝露率のタスク別平均値と一部のタスクへの集中度という2つの指標を作成し、前者は雇用を減少させる一方、後者はむしろ雇用を増加させる効果があることが示された。これは労働者が自動化が困難なタスクに注力を再配分し、業務の重点を移すことで、当該ジョブへの需要減を相殺する要因があることを明確に示している。
AIのゴッドファーザー、ジェフリー・ヒントン氏は16年に「5年以内にディープラーニングが放射線科医より優れた能力を持つようになるため、今から放射線科医を養成するのはやめるべきだ」と説いた。10年後のいまはどうか。
むしろ、放射線科医の需要や給与水準は当時よりも高まっている。AIが代替できるのは放射線科医の一部の仕事のみであることも大きいが、放射線診断AIモデルの限界や、特に完全自律型モデルへの不信なども指摘されている。AIの専門家がAIの影響を全て見通せるわけではないことを、如実に示した例だ。
また、ジョブの中のタスクの集まりをみて、どのようなタスクが代替されるかで、雇用などの影響も変わってくる(図参照)。専門性が高いタスクが自動化されれば、求められる専門性は低くなり、低スキルの労働者が参入(雇用増)、その賃金は低下する。
専門性が低いタスクが自動化されれば低スキル労働者は退出(雇用減)、求められる専門性は高まり、その賃金は上昇すると考えられる。現実にはこの2種類の自動化が起こり、雇用などへの影響が見えにくくなっている面がありそうだ。
AIの雇用に与える影響は常に悲観論が漂う。しかし、ジョブはいくつものタスクに分かれすべてが代替されるわけではない。また、AI技術の進歩で新たな職が生まれ、AI利用の企業の成長が高まり、雇用が増加するルートがあることは、AIがどのような進歩を遂げても、忘れてはいけない原則であろう。
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一方で、雇用よりももっと深刻に受け止めるべき懸念がある。知の蓄積への悪影響だ。AIの精度が上がれば上がるほど、社会レベルで共有される一般知識が消失する「知の崩壊」の可能性が、最近の理論研究で示されている。個人レベルの努力で獲得すべき文脈的な知識取得をAIエージェントに頼ってしまうことで、個人の知識生産が落ち込み、その結果、社会が共有する知識水準にも影響を与えるためだ。
また、若手の初級職のAI自動化は、若手が熟練者の仕事を分担し、教えを請いながら暗黙知の伝達を受け、その知が広く共有・普及されることで経済が成長する、というメカニズムを阻害することを明らかにした理論研究もでてきた。
大学教育でも、AI利用の有無で無作為にグループ分けした実験による研究では、無制限に利用したグループでは、学生の学習への関心の低下、教材への理解不足が確認されている。
こうした状況のもと、米マサチューセッツ工科大のデビッド・オーター教授らは最近の論文で、広く浸透しているAIの自動化至上主義に警鐘を鳴らす。
ここでは、人間の判断を拡張し、新たなタスクを可能にし、スキル習得を加速させるような「協働者」としてのAIの役割が重視され、労働者に資するAI投資の政策的促進が主張されている。傾聴に値する提言といえよう。
2026年9月15日 日本経済新聞「経済教室」に掲載