買収防衛策の再検討 経営者は「企業価値最大化」という原則に戻るべきだ

鶴 光太郎
上席研究員

今年の6月総会では、敵対的買収防衛策を導入する例が多く見られた。しかしブルドックソース事件の影響もあり、来年の総会に向けて各社は自社の姿勢の確認が避けられない。

企業の合併・買収(M&A)が増加する中で、経営陣の同意を得ない買収、いわゆる「敵対的買収」も、2005年のライブドアとフジテレビのニッポン放送を巡る経営権争いを境に、目に見えて増えている。これに伴い、敵対的買収に対する防衛策をとる企業も急増し、2007年6月末現在362社、東証上場企業では、既に約7社に1社が買収防衛策を導入している。

こうした中で、敵対的買収防衛策の導入を決議したブルドックソースの株主総会決議について差止めを求めたスティール・パートナーズ・ジャパン(以下、スティール)に対し、東京地裁(6月28日)、東京高裁(7月9日)、最高裁(8月7日)は、いずれもスティールの主張を退ける決定を行った。ブルドックソースとスティールとの争いと今回の司法判断は、いろいろな意味で「敵対的買収の意味」と「買収防衛策のあり方」を、様々な観点から再考する契機を与えたと考えられる。

本稿では、まず、近年における日本の敵対的買収の現実化と買収防衛策の導入の動きを概観した後、筆者が行った買収防衛策導入企業の特徴・動機の分析を紹介する。その上で、ブルドックソース事件を契機に明らかになった、買収防衛策を巡る新たな論点について議論することとする。

1.日本における買収防衛策導入の動き

(1)敵対的買収の現実化と買収防衛策に関する「指針」策定

2005年の前半、マスコミでも連日のように報道されたライブドアとフジテレビのニッポン放送を巡る経営権争いは、日本でも敵対的買収が現実の問題として認識されるようになったという意味で、日本のコーポレート・ガバナンスの節目ともいえる事件であった。

日本では、バブル期にいくつかの敵対的な株買い占めの事例が見られたが、90年代までを通して敵対的買収は稀であった。しかし、今世紀に入って、いくつかの事例が出てきた。そのほとんどが外資による敵対的買収であったが、近年の特筆すべき変化は、MAC(いわゆる「村上ファンド」)を皮切りに国内企業が国内企業に対し初めて株式公開買付けを行うようになったことであり、日本企業にとって敵対的買収の脅威を強く認識するきっかけとなった。

また、2006年に業界最大手の王子製紙が中堅の北越製紙に対して敵対的な株式公開買付けに踏み切ったことは、敵対的買収を単にファンドや新興企業の「気まぐれ」で済ませてきた関係者の認識を大きく変え、敵対的買収の現実化をさらに植え付ける契機となった。

日本においても敵対的買収が現実化する中で、敵対的買収に関する公正なルールが不在な状況下では、奇襲攻撃やそれに対する過剰防衛が繰り返され、健全なM&A市場の形成に悪影響を及ぼすことが懸念されるようになった。

2005年5月に経済産業省の企業価値研究会の報告書及び経済産業省・法務省が策定した「企業価値・株主協同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」(以下、「指針」)が公表された(注1)。また、その後、買収防衛策に関する会社法施行規制の開示ルール、証券取引所における開示・上場ルールの整備、さらに改正証券取引法・同施行令等(06年12月施行)で、公開買付け(TOB)制度に関する整備が進んだ。

特に、2005年5月の「指針」策定以後、米国のポイズンピル(または、ライツプラン=shareholder rights plan)型の買収防衛策(新株予約権を使い、買収者が一定の株式を買い占めた場合、自動的に新株が発行され、買収者の株式取得割合を低下させる仕組み。買収者は権利行使できない)が導入されるようになった。

日本企業が買収防衛策を導入するきっかけを与えた、この「指針」は、企業価値・株主共同の利益の確保・向上の原則(原則1)、事前開示・株主意思の原則(原則2)、必要性・相当性の原則(原則3)(株主平等原則、財産権保護の原則、経営者の保身のための濫用防止)を提示している。各企業で導入された買収防衛策をみると、ほぼ上記のガイドラインを意識し、踏まえた内容となっている。これらのポイズンピル型の買収防衛策をさらに詳しくみると「事前警告型」と「信託型」に大きく分けることができる。

(2)主流となる「事前警告型」買収防衛策

まず、事前警告型とは、買収者が取締役会の事前同意なしに一定以上(20%以上など)の買付けを行う場合、買収者側に十分な情報提供(対価の算定根拠、資金的裏付け、買付け後の経営・事業方針等)や時間的猶予(60~90日など)を求めるという「大量買付けルール」をあらかじめ設定し、そのルールが遵守されなければ、新株予約権発行等の対応措置を講じるものである。

一方、信託型とは、事前に新株予約権を信託銀行等に発行し信託しておき、敵対的買収者が現れたときに株主全員に新株予約権を配布するという仕組みである(ただし、敵対的買収者は権利行使できない)。このように、事前警告型、信託型ともに、事前にその仕組みを開示しているが、事前警告型では導入時にスキームのみを決定しておき、有事に新株予約権を全株主に直接発行する一方、信託型では既に発行され信託されていた新株予約権を、有事に全株主に配布するという違いがあるのである。

一方「株主の意思の確認の仕方」については、導入時に株主総会の決議を得るものや、発動時に株主総会の決議を得るもの、また「経営保身の排除」については、独立社外取締役のチェックを重視するものや、ポイズンピルに関し客観的廃止条件を明示するものなど様々なタイプがあるが、上記「指針」を踏まえたものとなっていることがわかる。

2005年度では事前警告型39件・信託型6件・その他2件、2006年度では事前警告型137件・信託型5件・その他7件となっている。また、導入方法に関しては、2005年度株主総会承認型30件・取締役会決議型17件、2006年度株主総会承認型137件・取締役会決議型46件となっている。このように最近の防衛策の形態をみると、事前警告型・株主総会承認型が主流となっていることがわかる。

2.どのような企業が買収防衛策を導入するか?

このように急増する買収防衛策は、どのような企業で導入されているのであろうか。筆者が滝澤美帆氏、細野薫氏と行った共同研究(注2)の内容を紹介しながら、敵対的買収防衛策を導入する企業の特徴を考えてみたい。

(1)買収防衛策は「経営保身」か「正当防衛」か

敵対的買収については2つの対立する考え方がある。第1は、企業買収、特に、敵対的買収及び経営者に対する規律付けメカニズムを通じて「企業の効率性を向上させる」という考え方である。例えば、ある企業が豊富な資産等を有しているにもかかわらず、経営者がそれを効率的に活用する努力を怠っていれば、当該企業は株式市場で過小評価されることになる。一方、この企業を買収し経営者を交代させ、より効率的な経営に取り組ませるならば、企業価値を高めることができる。つまり、企業買収の可能性が、地位を失いたくない経営者に対して、買収されないような経営努力を行うインセンティブを与えるのである。この考え方からすれば、真の買収防衛策は「経営努力による企業価値最大化」以外のなにものでもないはずである(この場合の企業価値とは「株式市場における評価」であり「株主にとっての価値」である)。したがって、買収防衛策導入は経営保身の現れであり、非効率的な企業を温存することになる。

一方、敵対的買収は「企業価値を毀損する」という考え方もある。経営者が代わってしまえば、それまで従業員等ステークホルダーとの間に形成されていた暗黙の契約が破棄されやすい。そのような「信頼への裏切り」はステークホルダーが当該企業に特殊な投資を行うインセンティブを低下させるため、企業の競争力、ひいては企業価値を低下させる可能性がある。また、焦土経営(経営を一時的に支配し知的財産などを他の企業に委譲すること)のように企業を「喰いもの」にするような敵対的買収も企業価値を毀損する場合があろう。このような考え方からみれば、企業価値を毀損するような敵対的買収に対する買収防衛策導入は「正当防衛」ということになる。

敵対的買収とその防衛策について、対立する2つの見方の妥当性を判断する1つの方法は、防衛策を導入する企業の特徴を分析することである。もし、経営者保身が防衛策導入の目的であれば、買収のターゲットになりやすい非効率的な経営を行っている企業や、もともと内向きに経営を行い株主への配慮の欠けた企業ほど、防衛策を導入する傾向が強いであろう。他方、企業価値を損ねるような敵対的買収を防ぐことが防衛策導入の目的であれば、経営者の保身的態度や企業経営の非効率性と防衛策導入との関連はみられないであろう。

(2)経営保身や外部株主との対立が買収防衛策の導入に影響

上の仮説を検証するために、2005年4月から2007年3月までに敵対的買収防衛策を導入した企業(計197社)のデータを用い、買収防衛策導入の動機を分析すると、以下のような結果が得られた。

まず、第1は、支配株主の比率が低い企業や、機関投資家比率の高い企業ほど買収防衛策を導入しており、株式保有が流動的で買収されやすい企業ほど買収防衛策を導入していることである。また、流動性資産比率が高く、負債比率が低い、買収者にとって魅力的な企業ほど買収防衛策を導入する傾向が強い。つまり、経営不振や保身があるかどうかにかかわらず、株式保有形態などでみて、買収されやい企業ほど防衛策を導入している。

第2は、ROA(純資産利益率)やトービンのqなどで測った企業パフォーマンスの不振な企業が買収防衛策を導入するわけではないことである。つまり、経営怠慢による買収脅威の高まりに対して「隠れ蓑」「塹壕」として買収防衛策を導入しているのではないといえる。

第3は、社齢が長い企業や、役員持ち株比率が低い企業、持合株式比率が高い企業ほど買収防衛策を導入する傾向が強いことである。これは経営保身や外部株主との利害対立が買収防衛策導入に影響を与えていることを示唆している。特に「持合比率の高い企業ほど買収防衛策を導入しやすい」という結果は、経営保身を示す顕著な証拠といえる。なぜなら、持合比率の高い企業は、他の条件が等しければ買収されにくいはずであり、それにもかかわらず導入可能性がより高くなっているということは、高い持合比率がその企業の経営者の保身的傾向の強さを反映しているとみられるからである。

以上から、経営怠慢という「ぬるま湯」にいつまでも浸かっていたいがために買収防衛策が導入されているわけではないが、企業や経営者に元来備わっている経営保身目的が買収防衛策導入に影響を与えていることを否定することは難しい。したがって、企業価値が損なわれるような敵対的買収が無差別に起こるため企業はまったくの「正当防衛」のために買収防衛策を導入している、つまり、防衛策は導入企業側の特徴と無関係と言い切ることはできないのである。

3.買収防衛策の再評価

(1)ブルドックソース事件の司法判断のポイント

2005年以降、買収防衛策が加速度的に導入される中で、ブルドックソースが6月24日の株主総会で買収防衛策を導入した。この買収防衛策は、日本で最初に発動される(7月11日)とともに、その適法性につき東京地裁、東京高裁、最高裁まで決定が示されたという意味で節目となる重要な事例である。ブルドックソースが導入した買収防衛策は、筆頭株主であるスティールは行使できないという差別的行使条件の付いた新株予約権無償割当てであり、ポイズンピル型の買収防衛策である。

ただ、この買収防衛策がこれまで主流となっている買収防衛策と異なる点は、「平時」ではなくスティールが全株取得を目指した株式公開買付けを開始した後の「有事」に導入された買収防衛策であること、株主総会でも特に3分の2以上の賛成が必要な特別決議で導入したこと、スティールらには普通株式が交付されないかわり、新株予約権1個につき396円が支払われたこと(スティールの6月7日公開買付価格1584円に新株予約権無償割当てによる希薄化割合=4分の1を乗じた金額)、などがあげられる。

スティールは、この新株予約権無償割当てが株主平等の原則に反するとともに、著しく不公正な方法によるものだとして差止めを申し立てたが、東京地裁、東京高裁、最高裁は、いずれもスティールの主張を退ける決定を行った。しかし、株主平等の原則に反しない理由、著しく不公正な方法でない理由、すなわち、買収防衛策の必要性・相当性の理由については、それぞれの決定で違いが見られる。

(2)スティールは濫用的買収者であるか?

3つの裁判所の決定で最も大きく異なるのは、スティールが濫用的買収者であるかどうかについての判断である。東京地裁では「株主を高値で引き取るよう求めたことについての疎明はなく、…グリーンメーラーであると認めるには足りない」とした。一方、東京高裁では「様々な策を弄して、専ら短中期的に対象会社の株主を対象会社自身や第三者に転売することで売却益を獲得しようとし、最終的には対象会社の資産処分まで視野に入れてひたすら自らの利益を追求しようとする存在といわざるを得ない」とし「濫用的買収者であると認めるのが相当というべきである」と指摘した。つまり、スティールが濫用的買収者であることを明確に認定したのである。最高裁では「濫用的買収者に当たるといえるか否かにかかわらず、…、本件新株予約権無償割当ては、株主平等の原則の趣旨に反するものではなく、法令等に違反しないというべきである」と、スティールが濫用的買収者であるかどうかという直接の判断は避けた形になっている。

東京高裁の濫用的買収者であるという認定は、村上ファンド事件における地裁判決における「『ファンドだから、安ければ買う、高ければ売る』という徹底した利益至上主義に慄然とする」というくだりと並んで、市場関係者を中心に厳しい批判を受けることになった。やはり、過去の行動だけを取り上げて濫用的買収者と決めつけるのはやはり行き過ぎであろう。濫用的買収者であるかどうかという判断ではなく、今回のケースについて濫用的買収行為があったかどうかの判断がなされるべきである。その意味で、東京地裁の判断は妥当といえる

また、過去のスティールの行動をみて、企業価値を損ねるような濫用的買収者であるかどうかは、より包括的な実証的検討も必要だ。例えば、2003年にスティールが株式公開買付けを仕掛けたユシロ化学工業については、スティールが株式保有を継続し買い増しを行う中で過去最高益を更新するなど業績は好調を続けており、2002年度と2006年度を比較すると、純利益はそれぞれ約11億円から18億円に増加し、時価総額も約90億円から350億円まで増加している。(注3)。

さらに、日本におけるアクティビスト・ファンド(スティールを含む)の投資先企業(5%以上のブロック株式取得)の株式価値への影響をみた分析によれば、村上ファンドを除けば、累積超過リターンでみた長期の株主価値は明確に増加している(注4)。日本では90年代以降、メインバンクによるガバナンス機能が弱体化する中で、コーポレート・ガバナンスにおける「ムチ」の機能が失われており、ファンドがその役割を担うことが期待されている。その意味からも、アクティビスト・ファンドを「ハゲタカ」「濫用的買収者」と決めつけて排除することによるマイナスの影響は大きい。

一方、買収防衛策が株主平等の原則に反しないことを濫用的買収者であることに求める東京高裁の決定は、見方を変えれば、相手が濫用的買収者でなければ、同じ内容、同じ手続きを踏んだ買収防衛策でも適法でなくなる可能性を示唆している。つまり、買収防衛策の適法性の判断はまったくのケース・バイ・ケースという考え方である。これは、あるタイプの買収防衛策を導入すれば、たとえ企業価値を高める買収者であっても撃退することができてしまうという状況を作らないためにも重要である。

米国のポイズンピルの場合、敵対的買収を退けるという効果はむしろ小さく、その存在がむしろ買収者との競争を有利にし、株価のプレミアムを上昇させ、結果的に高値で売却する効果が大きい。つまり、経営者の保身よりも、買収者から株主により多く利益を与えるための「交渉道具」として明確に位置付けられている。日本においても、このような買収防衛策に関する「常識」「作法」が司法判断の積み重ねにより浸透していくことが重要である。

(3)「株主総会多数決万能論」に落とし穴はないか?

一方、3つの裁判所による決定に共通した見方は「買収防衛策の必要性は、株主総会によって判断されるべきである」という点である。特に東京地裁、東京高裁では特別決議であったことを重視している。ただし、最高裁では「買収者以外のほとんどの株主」が是認したことに言及し、必要な決議レベルには言及していない。

米国のポイズンピルは取締役会の決議で導入でき、株主総会での決議が必要な買収防衛策とは明確に区別されている。また、経済産業省・法務省の「指針」でも取締役会限りの導入は可能であり、その場合、株主が買収防衛策を消去できるような措置、取締役会の恣意的な運用を排除するための措置などが必要であるとした。しかし、今回の一連の司法判断で、こうした条件はあくまで必要条件であり、適法性を保証するものではないとの見方が強まり、株主総会決議による導入が決定的になったといえる。

しかし、買収防衛策の適法性について、株主総会における多数決を過度に重視する場合、いくつかの問題が生じる。第1は「株主総会の判断の合理性」の問題である。例えば、株主構成において株価を重視する純投資家ではなく、むしろ取引関係から株式保有を行い、経営陣に近い株主が多数を占める場合、その判断には明らかに合理性を欠く場合もあろう。このため東京地裁の決定では、スティールの「経営権取得後の経営方針や投下資本の回収方針を明らかにしないという態度」に対応手段導入の合理性を見いだしている。しかし、そのような方針を明らかにしなければ大きなブロックの株式を取得できないという判断には、株式市場の効率的な取引機能の観点からは疑問が残る。

第2は、純投資家を中心とする「少数株主保護」の問題である。彼らにとっては、買収者が提示する公開買付価格が重要である。高いプレミアムが付いた価格が提示されているのにもかかわらず、買収防衛策の存在により、少数株主が株式を売る機会がまったく奪われてしまうことは許されないはずである。また、支配株主や(取引)関係株主よりも、純投資家の方が買収の企業価値への影響をより客観的に評価できる可能性も否定できない。さらに、株主総会で株主の意思を多数決で問うべき案件は、株主全員の利害にかかわる案件であるべきである。一部の株主をその他の株主が排除するために株主総会決議が使われることは、やはり少数株主保護の観点から問題ではないか。以上を考え合わせると、「株主総会多数決万能論」も再考が必要だ。

第3は、買収防衛策を導入し、その適用性に万全を期そうとする企業は、3分の2を超える特別決議での賛成をにらみつつ、安定株主工作へのインセンティブが生まれることである。先にみたように、株主持合比率の高い企業ほど買収防衛策を導入する傾向があり、そのような企業は買収防衛策の適法性を高めるため、さらに持合関係強化に拍車をかけるであろう。実際、野村證券の調べでは、90年代以降継続して低下を続けていた上場企業の株式持合比率が2006年度で初めて上昇に転じている。しかし、株主総会でかなりの多数の賛成で買収防衛策が導入できる企業であれば、買収者が公開買付けで経営支配権を得るのはそもそも難しく、買収防衛策導入の必要性は小さいはずである。買収防衛策導入と安定株主工作・株式持合強化のスパイラルが進めば、資本市場の健全なメカニズムが阻害されかねない。

(4)買収防衛策導入・発動に伴う重いコスト負担は正当化されるのか?

買収防衛策の相当性が満たされるためには、買収者に過度の財産的損害を与えないことが示される必要がある。今回のブルドックソースの買収防衛策の場合は、買収者が新株予約権を行使できないかわり、直近の株価にプレミアムがつけられた公開買付価格に基づいた対価の受取りを可能にしたことが大きなポイントとなった。これでスティールは、約23億円の現金を受け取ることになった。

しかし、このような措置は買収防衛策の適法性にこだわる余り、その効力を大きく引き下げたと言わざるを得ない。なぜなら、希薄化された部分を買い戻す資金を与えられたわけだから、スティールは公開買付けのスタートに戻るだけであるからだ。「手切れ金を渡すのでお引き取りください」といっても引き下がらない買収者には意味がないと言える。

一方、ブルドックソースは、5月時点で9月中間決算は税引き後利益2億3000万円の黒字を予想していたが、前述のスティールからの新株予約権の買取りと買収防衛策導入に伴う弁護士費用等約6億8000万円の負担により、13億7000万円の赤字に転落する見込みである。このような巨額の損失による企業価値の毀損、株主への損害も無視できない。

東京高裁の決定は、設定された買収価格より低額でも買収防衛策の相当性を欠くことにはならないとし、むしろスティールに過度に利する価格設定であった可能性を示唆した。また、最高裁も「多額の金員を交付することになり、それ自体、相手方の企業価値を毀損し、株主の共同の利益を害するおそれのあるものということもできないわけではないが」との認識を示した。今回はやむを得ないかもしれないが、今後、同じような手法がとられた場合、適法性が再度議論されるということであろう。

一方、買収防衛策導入に関する弁護士費用の負担なども決して小さくない。先のブルドックソースの例は極端かもしれないが「なぜ企業買収ルールを法律事務所から大金を払って買わなければならないのか」という疑問(注5)が出てきても当然である。

4.各社の課題と市場ルールの課題

このように、買収防衛策の資本市場への悪影響や、企業のコスト負担などを考慮すると、敵対的買収に対しては、正攻法である「企業価値の最大化」で対応するという原則に経営者は戻るべきである。これは、短期的に株価を上げるということを意味するのではない。従業員等利害関係者への配慮は長期的には株主価値に反映されるはずであり、企業価値と株主価値を区別するのはあまり意味がないと言える。経営者が長期的な視点を維持するためにも、IR等を通じた株主との積極的な対話が必要である。

また、制度的な対応を考える場合でも、企業が個別にポイズンピル型買収防衛策を導入するのではなく、少数株主保護を念頭においた公開買付ルール(特に、全部買付義務)の強化を図ることで濫用的な敵対的買収を排除していくという視点(注6)も再検討されるべきであろう。金融商品取引法には、買収者が議決権のある株式の一定以上を買い付けた場合、残り全部の株式を買い付けなければならないとする「全部買付義務」が新たに盛り込まれたが、その一定割合は3分の2という高い割合である。企業価値を低める濫用的な買収を制限するためには、イギリス並みの30%程度まで引き下げる必要がある。

これまで支配株主や関係株主が幅をきかせる中で見過ごされてきた「少数株主保護」の視点こそ、日本の株式市場の流動性と厚みをさらに高め、より効率的な資源配分を達成していく上で重要なカギとなっているのである。

会社法務A2Z」2007年9月25日号に掲載

「会社法務A2Z」2007年9月25日号に掲載

脚注
  • (注1)「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」の公表について(平成17年5月27日)
  • (注2)「買収防衛策導入の動機:経営保身仮説の検証」RIETI Discussion Paper Series 07-J-033
  • (注3)藤田勉「退場迫られるアクティビスト・ファンド」『週刊エコノミスト』(2007年7月24日)
  • (注4)井上光太郎・加藤英明「アクティビスト・ファンドの功罪」『経済研究』58巻3号(2007)、pp203-216(岩波書店)
  • (注5)「ルールを金で買う?」大機小機(日本経済新聞朝刊、2007年7月4日)
  • (注6)鶴光太郎(2006)、『日本経済システム改革-「失われた15年」を超えて』(日本経済新聞社)の第III章第4節では、全部買付義務を中心としたイギリスの「シティ・コード」による企業買収規制の意義及び日本へのインプリケーションについて詳しく論じている。

2007年10月5日掲載

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