生成AI、未熟練者に福音

鶴 光太郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

生成AI(人工知能)が大きな注目を集めている。生成AIとはユーザーが自然言語などのテキスト(文字列)による指示を行うと、それに応じてテキスト、画像、音声、動画などを新たに生み出すAIを総称したものである。

テキストとして生成する仕組みに、大規模言語モデル(LLM)がある。代表例であるChat(チャット)GPTは公開2カ月で世界の利用者が月1億人に達するなど、これまでの技術・製品にはない爆発的な普及を遂げている。

生成AIが従来のAIとは本質的に異なるかような論調も散見される。確かに進化した技術を援用しているが、大規模データ、深層学習を利用し予測を行うという基本的メカニズムは同じだ。LLMもある言葉の次にどんな言葉が続くかを予測することで、文章を作成しているにすぎない。

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こうした基本を理解した上でなお、生成AIはなぜ、これまでのAIに比べて斬新と感じられるのか。

既存のAIで、実用の視点から最も活用されているのは圧倒的に画像処理に関わるものだ。拙著「AIの経済学」で様々な実例を紹介したが、現在では買い物かごの商品を自動的に認識し会計することから、医療、農業、建設業でAIが画像から病気、生育、亀裂などを検知するという、人間では経験や熟練を要する作業も、かなり正確に行えるようになってきている。

例えば椅子のような画像の内容を認識するのは、簡単なようでいて人間の暗黙知に関わる領域であり、そこまでAIが踏み込んできたことは大きな衝撃として受け止められた。ただし、こうした画像認識も用途に応じて個別にシステムを構築する必要があり、利用できる人が限られていた。

一方、例えば、チャットGPTの無料版が誰でも、分野を問わず利用できるという汎用性は、これまでにないAI技術であるといえる。さらに、生成AIは「〜風に」と指定すれば、そのようなテイストのキャッチコピー、小説、絵画、動画にいたるまで瞬時につくり出すことができる。AIが人間の創造性に関わると思われる部分まで浸食してきているところが、驚きを生んでいるのだ。

こうした想像を超えるAIに接した時、我々の典型的な反応は、AIを「人間に限りなく近いロボット」として、人間の仕事を奪う、つまり、AIの本質を自動化、代替と捉えてしまうことだ。例えば米オープンAIの研究者らの論文は、米の約80%の労働者は、彼らの持つタスクのうち少なくとも10%がLLMの影響を受けると指摘した。米ゴールドマン・サックスのリポートでは、世界の主要な経済圏で3億人規模のフルタイム労働者の仕事が生成AIによる自動化の影響を受け、特に、事務系タスクと弁護士、金融、マネジメントなどは仕事を奪われるリスクが高いとしている。妥当性はともかく、AI対人間に関する悲観論を増幅させている面は否めない。

一方、AIを一貫して予測マシンと位置付けてきたカナダ・トロント大学教授のアジャイ・アグラワル氏らは最近の論考でAIをオートメーション(自動化)の側面のみで捉えるのではなく、それと両立しうる、オーグメンテーション(労働力の増強)というキーワードで捉えるべきだと強調している。AIは人間の持つ力を増強・補完してくれるという立場である。

生成AIの影響に着目した分析はまだわずかだが、この見方を裏付けている。米スタンフォード大学教授のエリック・ブリニョルフソン氏らはあるソフト会社の顧客サポートに着目し、生成AIツールが従業員にランダムに割り当てられることで時間当たりの解決率が約14%上昇するなど、より効率的に解決できるようになり、特に新規採用者や低スキルの従業員による問題解決率が大幅に上昇したことを明らかにした。

また、米マサチューセッツ工科大学のシェイクド・ノイ氏らは、専門的記事を書くライターがチャットGPTの利用をランダムに割り当てられることで、文章を書く時間は40%ほど削減され、質は14%向上し、スキルが低い人ほど生産性改善効果が大きいとの結果を報告している。

いずれの研究も、低スキルの労働者ほど生成AIによる恩恵はより大きいという意味で、人間の力を増強、補完してくれるオーグメンテーション仮説を支持する結果だ。

チャットGPTなどのLLMは極めて高い応答性を備えており、万能であるようにみえるが、得意、不得意はあるのだろうか。米バージニア大学教授のアントン・コリネク氏は経済学を研究する際、LLMがどのような分野で自分のアシスタントやチューターとして役に立つか、現時点の評価を示した(表参照)。

LLM機能と有用性の暫定的評価

6つの分野ですべての項目で最も高い評点がついた分野は、ブレインストーミングなどのアイデア出しと文章校正などの文書作成であった。一方、研究の裏方的業務である文献調べなどについては、最も低い評価にとどまっている。

研究者に限らず、文章作成は事務職の仕事の根幹であり、箇条書きから文章をつくり、文章の誤りや難点を発見し、キャッチーなタイトルや見出しを考えてくれるLLMを使いこなせれば、文章力が十分でない事務職員にとって福音になることは間違いない。

しかし、LLMにはまだまだ多くの課題があることも忘れてはならない。学習したデータは、ありえないこともさも現実にあるかのように答えてしまう、ハルシネーション(幻覚)と呼ばれる現象が起こるためだ。人間の常識では考えられないような間違いを犯してしまう可能性がある。

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LLMを部下に例えると、分野を問わずとんでもなく物知りで、文句も言わず昼夜働き続ける、どこまでもタフなやつである。ただ、この部下を最大限使いこなすためには、上司の指示の与え方がカギとなる。

時として「知ったかぶり」をし、驚くような間違いもするし、常識に欠けたところがある。言い分を全部うのみにすることは厳禁で、常にチェックが必要だ。そうした弱点はあるものの、欠点があれば修正していくことは可能だし、とことん使い倒せば、メリットは果てしなく大きい。そんな部下ではないだろうか。

結局、現状のAIは世の中のありとあらゆることのパターンをつかんで最大公約数的な姿を提示することはできても、様々な事象の背景にあって影響を与える本源的なメカニズムを見通しているわけではない。

コペルニクスが地動説を唱えた16世紀当時、インターネットが存在し、LLMがあったという荒唐無稽な仮定をしたとして、天動説と地動説どちらが正しいかと問えば、LLMは圧倒的多数意見であった天動説を支持するだろう。常識にとらわれず物の道理を見通す力こそ、人間にあってAIにはない力なのだ。

2023年9月12日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2023年9月22日掲載

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