対日直接投資、すなわち海外企業による日本への直接投資の残高は、2024年末で53兆円であった。日本政府はこれを30年に120兆円、30年代前半には150兆円とする目標を定めている。対日直接投資が日本経済の成長の一つのエンジンとなりうるにもかかわらず、国内総生産(GDP)比では経済協力開発機構(OECD)で突出した最下位と、低水準にとどまっているからだ。
海外企業が日本で直接投資をして製造・販売拠点を設ければ、日本の雇用は増える。しかしより重要なのは、対日投資が日本の技術革新に貢献することだ。
外資企業は国内にない先端的な技術や知識を有することが多く、それが国内企業に波及することで日本全体の技術レベルや生産性が向上する。このことは日米英中などの企業データを利用した研究(筆者のものを含む)で実証されている。
ただし、技術波及には外資企業と国内企業の連携が必要だ。例えば外資が国内企業とサプライチェーン(供給網)でつながることで技術波及は起きやすい。国内の系列関係では、サプライヤーが顧客企業から生産や品質管理に関する技術指導を受けて製品の質を上げる。これと同様、国内サプライヤーは外資から国内にない技術を習得できる。
もう一つは共同研究などの知的連携だ。海外企業との共同研究で、国内にはない新技術を吸収して日本企業の技術開発力が大きく向上することは、特許のデータを使った筆者らの研究が実証している。対内投資は国際共同研究を伴うことも多く、知的連携による技術革新の好機になりうる。
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日本企業とつながった対日投資の好例は、台湾積体電路製造(TSMC)の熊本工場設立だ。九州経済産業局によると21年10月の進出発表以降、半導体素材や製造装置、半導体生産の後工程に関わる企業が九州で162件、4兆8千億円に上る投資を実施・計画している。前工程を担うTSMCを中核とする、大規模な半導体サプライチェーンが九州に構築されつつある。
さらに、TSMCは九州大学や熊本大学とも連携して研究開発や人材育成を行っている。TSMC進出に伴う九州への新規投資には、日本IBMや米アムコー・テクノロジーなどの外資企業の研究開発拠点も含まれ、知的ネットワークも拡大している。
なおTSMCは産業技術総合研究所の技術コンソーシアムにも参加し、茨城県つくば市で研究開発を行う。そこでは他の外資や日本の企業・大学も参加し、TSMCとの知的連携は全国に広がる。これらの企業ネットワークを通じて多くの日本企業に新技術が波及し、日本の半導体産業が発展していくと期待できる。
日本経済に貢献する対日投資だが、前述の通り低水準にとどまり、促進には政策が必要だ。一つの候補はTSMCに供与された立地補助金や投資に対する税制優遇だが、現在の日本政府・自治体の財政状態では、広範で継続的な財政支援は難しい。適正な運用などガバナンスの問題もある。
よりコストパフォーマンスがよく効果がはっきりしているのは、海外企業への情報支援だ。海外投資では投資先の市場や制度の情報を収集したり、適切な取引先を探したりするコストが大きな障壁になる。それを克服するための情報提供やマッチング支援に効果があることは、牧岡亮・北海道大准教授らをはじめ多くの研究で実証されている。
対日投資を増やすには、投資やビザ取得・税などの制度や、連携しうる企業・大学に関する情報を海外に発信することが有効だ。日本貿易振興機構(ジェトロ)や自治体によってすでに実施されているが、大幅な強化が求められる。
前述の通り、対日投資の効果を最大化するには外資と国内企業との知的連携の強化が必要だ。しかし、ジェトロの「2024年度外資系企業ビジネス実態調査」によると、外資企業の21%しか国内企業や大学と連携していない。
したがって国内企業や大学が持つ技術に関する情報を積極的に海外発信し、連携につながる対日投資が進むようにする必要がある。そういった支援もすでにジェトロによって行われている。例えば米国の産業用ロボットシステム開発企業の対日投資を支援し、日本の大手製造企業との技術提携につながった例がある。いっそう拡充すべきだ。
地域にサプライチェーンや知的連携が発展していくような追加的な政策を行っていくことも有効だ。九州の成功は、TSMCの誘致以外にも様々な支援が行われた結果だ。例えば九州経済産業局が事務局となって、産学官金の155機関が参加する半導体関連のコンソーシアムがつくられ、域内や台湾とのつながり構築に貢献している。
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TSMCの例に見られるように、対日投資は地域経済を活性化する。しかし図が示すように、実際には対日投資は東京圏に偏っている。地方への対日投資の促進が求められる。
一つの問題は、情報障壁が地方ではより深刻であることだ。海外企業には、地方にどのようなサプライヤーや販売先があるのか、応用可能な技術があるのかが見えにくい。
実際には地方にも魅力的な中堅・中小企業や大学が存在する。このような「臥龍(がりょう)」に関する情報を政府や自治体が掘り起こして集約し、効率よく世界に発信する必要がある。
もう一つの問題は、技術や知識を持った海外の高度人材にとって、地方の生活環境が必ずしもよくないことだ。特に公共機関や医療機関での多言語対応が十分でなく、地方にインターナショナルスクールが少ないことが、高度人材の日本での就労障壁になっている。TSMCの誘致では、熊本県があわせてインターナショナルスクールを誘致したことも成功を支えた。
最近は移民への反感が強くなっている。しかし対日投資に伴って海外の高度人材が日本に滞在することで、彼らの持つ技術・知識が地域経済の成長に大きく寄与してくれるはずだ。
受け入れ先の自治体は丁寧に住民に説明し、さらには海外の高度人材と地域住民とが交流して、互いの理解を深め合えるような場をつくってもらいたい。
ただし地方への対日投資を促進すべきだといっても、大規模な対日投資が日本全国、津々浦々で行われるというのは考えにくい。中核都市に投資を集積させた方が効率がよいだろう。
その周辺地域では対日投資を呼び込むよりも、むしろ中核都市に進出した外資や国内企業とのつながりを構築するための情報提供やマッチング支援、インフラ整備等に政策を集中した方が、より包摂的な経済成長が達成できるはずだ。
なお、対日投資を増やすにあたっては経済安全保障に考慮する必要もある。友好国からの対日投資を促進する政策と、それに呼応した民間企業の技術革新によって、日本経済が活性化されることを期待したい。
2025年12月5日 日本経済新聞「経済教室」に掲載