いよいよ第2次トランプ政権が始まる。今後どのような政策が行われるかは不透明な部分もあるが、アメリカがより保護主義的になることは間違いがないだろう。その中で、日本が経済を成長させて国民をより豊かにしていくためにどのように対応していくべきかについて、特に次の3点を提起したい。
まず第一に重要なのは、国際的な知的ネットワークの維持・拡大だ。トランプ政権の保護主義的な貿易政策によって、世界の貿易は縮小してしまうかもしれない。しかしそのような反グローバル化の流れの中でも、日本はアメリカなどの友好国との知的連携を深化させて、先端的なイノベーションを生み出していかなければならない。イノベーションこそが長期的な経済成長の源泉であるからだ。
もともと日本はAll Japanを志向して、共同研究などを通じた国際的な知的ネットワークの構築が他の主要国にくらべて不十分だった。例えば、日本の特許出願における国際共同研究の割合は、主要国では韓国に次いで最後から2番目である(OECD 2024)。しかし、国際共同研究によって、企業の特許被引用数、つまりイノベーションの質は大幅に向上することが、筆者らのRIETIでの研究から分かっている(Iino et al. 2021)。国際共同研究は異なる技術の化学反応によって新しい技術を生み出し、双方に利益をもたらすものであるからだ。従って、イノベーションにおける国際化の遅れが日本経済の長期停滞の原因の1つと考えられ、その改善が急務だ。
その意味で、現在日本政府が「新しい産業政策」の下、半導体産業においてアメリカ、欧州、台湾、韓国などとの国際共同研究を支援していることは、日本経済にとって有益だ。例えば、政府の支援を受けて、先端的半導体の開発と生産を目指して設立されたRapidusやLSTC(最先端半導体技術センター)が、米IBMやTenstorrent、NSTC(米国立半導体技術センター)などの半導体関連企業や研究機関と連携し、共同研究を行っている。
トランプ政権が保護主義的な貿易政策をとるとしても、このような日米の知的連携は拡張させていかなければならない。現在、米中分断によって両国間の共同研究は急速に縮小しているが、政府の支援の下で日本企業が積極的にその穴を埋めることが期待される。
その際、トランプ政権にも受け入れられやすい1つの方法は、日本企業がアメリカに投資して研究開発を行うことだ。このような研究開発の対外投資が、技術の還流を通じて日本の親会社の生産性を向上させることは、筆者らのRIETIでの研究が示している(Todo et al. 2007)。その1つの例は、台湾半導体大手TSMC社が米アリゾナ州に生産拠点を設立したのに伴って、日本の半導体関連企業がアリゾナに進出し、現地企業や大学との共同研究を行う例が出始めていることだ。こういった動きを加速させなければならない。
さらに言えば、重要なのはアメリカとの共同研究だけではない。RapidusやLSTCはベルギーの先端的半導体研究機関IMECとも連携している。台湾TSMCや韓国サムスンの研究開発センターも政策支援によって日本に設置され、日本の企業や大学との共同研究を行っている。今後貿易が縮小するかもしれない世界では、このような友好国との知的ネットワーク(これを筆者は「知的フレンドショアリング」と呼んでいる)の拡大が日本の発展を支える柱となろう。
ただし、国際共同研究において信頼できるパートナーを探すことは簡単ではない。また、半導体製造だけが日本にとって重要な産業というわけでもない。従って、今後はより広範な分野を対象に、日本の企業や大学が海外と知的連携するための政策支援を拡充すべきだ。例えば、日本の持つ技術を海外に知らしめるためのテクノロジーフェアの国内での開催や海外での参加のための支援や、どの国がどういった技術を持っているかに関する情報を共有するための国際的なプラットフォームづくりなどが有効だ。
第二に、グローバルサウス、つまり新興国・開発途上国へのサプライチェーンの拡大が重要だ。アメリカがどのような方向に進もうが、今後世界の経済と政治の場で、グローバルサウスのプレゼンスが大きくなることは間違いない。インド、ASEANのGDPはすでにそれぞれ世界第4位、第5位であり、数年のうちに第3位、第4位となると予測されている。それを踏まえれば、グローバルサウスへの輸出や投資を増やすことが、トランプ政権の保護主義的な政策が日本経済に及ぼすマイナスの影響を緩和することにつながるはずだ。さらに、グローバルサウスに素材や部品の調達先を拡大させれば、米中分断が深刻化して中国からの調達ができなくなったとしても、他の調達先で代替しやすくなることで、サプライチェーンを強靭化することができる。
しかし、サプライチェーンをグローバルサウスに拡大することは簡単ではない。グローバルサウスの多くは、米中のバランスをとることで自国の利益を最大化しようとしているが、そのバランスのとり方はさまざまで、中国寄りの国もあればアメリカ寄りの国もある。その比重も年々変化するのが実情だ。さらに、権威主義的な国も多いが、その程度や中身にも幅がある。だから、グローバルサウス各国にはそれぞれ固有のリスクがあり、そのリスクに対応した関係構築が必要だ。しかし、企業にとってグローバルサウスの政情やリスクに関する情報を得ることはなかなか難しい。従って、政府が大使館、JETRO、JICAなどを通じてより積極的に情報を収集し、それを国内企業に提供することが望まれる。
また、グローバルサウス諸国が、国家として日本を含む西側諸国との関係を強化することは、企業の進出の土台となる。しかし近年、グローバルサウスはむしろ中国との関係を強化している。中国は一帯一路政策などを通して、インフラを整備し、中国からの直接投資や中国向け輸出を増やすことで、(債務の膨張などの一定の問題はあるにせよ)グローバルサウス諸国に大きな経済的利益をもたらしているからだ(Todo et al. 2024)。従って、西側諸国が連携して、グローバルサウスに対してインフラ支援、技術協力、投資促進を行っていくことが必要だ。トランプ政権下では、これまでアメリカが主導してきたIPEF(インド太平洋経済枠組み)は停滞するかもしれない。その場合には、日本が主導するFOIP(自由で開かれたインド太平洋)がその任を負うことを期待したい。
もう1つの問題は、西側諸国が人権や環境に関してグローバルサウスの生産者にも先進国並みの高い基準を要求していることだ。例えば、EUは森林破壊に関連した商品の輸入を禁止する森林破壊防止規則(EUDR)を2024年12月30日から適用したが、これはインドネシアやマレーシアのパーム油の輸出に大きな影響を及ぼす。グローバルサウスはこのような西側諸国に対して反発を強め、それらの問題にこだわらない中国に対する依存を深めている。日本は歴史的に後発先進国であり、G7諸国の中で唯一アジアの国であるため、欧米よりもグローバルサウスの立場や価値観を理解できる立ち位置にいる。だからこそ、日本にはグローバルサウスにおける人権や環境問題の性急な改善を求めるのではなく、漸進的な変化を許容し、グローバルサウスとの信頼関係を構築して、欧米とグローバルサウスとの懸け橋になるべきだ。
最後に、以上の2点、つまり友好国との共同研究やグローバルサウスへのサプライチェーンの拡大を実行するには、多様性を許容して活用できる人材が不可欠であることを強調したい。
共同研究において高い成果を達成するには、対面の議論で暗黙知を共有して融合し、新しいアイデアに昇華させていかなければならないことが分かっている(Lin et al. 2023)。また、グローバルサウスとつきあっていくためには、多様なグローバルサウス諸国のそれぞれの社会、文化、歴史に対する深い理解を持った上で、お互いの立場で議論して双方が納得できる着地点を探っていくことが必要だ。しかし残念ながら、それができる人材が日本には多くない。
このような能力を育成する1つの方法は留学だ。日本政府の「トビタテ!留学JAPAN」というプログラムの支援を受けて、留学生が会議やプレゼンの場を含む外国語でのコミュニケーション能力や国際性を向上させたことは、データにも表れている(Higuchi et al. 2023)。
幸い、滞在期間6カ月以上の日本人留学生の数は2009年の9,580人から2019年の13,486人へと増加している(文部科学省 2024[なお、2020年以降コロナ禍のために留学生が激減しているために2019年のデータを利用している])。しかし、2019年の留学生中、理系(理学・工学・農学・保健)の割合は17.4%と、文系にくらべると少ない(日本学生支援機構 2021)。産業における国際共同研究で高い成果を挙げるには、外国語でのコミュニケーション能力が不可欠であることを考えると、今後は理系学生の留学を特に支援していく必要がある。
理系学生の留学が少ないのは、1つの研究室で一定期間継続して研究することが成果を挙げるために効果的であることが多いからだろう。しかし、日本人学生が海外の研究室での経験を持ち帰ることで、日本の研究室に大きな恩恵をもたらすことも多い。例えば、ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏はロチェスター大学に留学した後、東京大学に戻り、成果を挙げられた。このような国際的頭脳循環を促進するには、日本と海外の大学や研究室が連携しやすい制度(大学間の単位互換やダブルディグリーなど)や、国際共同研究のための留学や若手研究者派遣・受け入れに対する支援の拡大が望まれる。
むろん、有効なのは留学だけではない。企業内の若手研究者・エンジニアが国内外で国際共同研究に携わることも、重要な人材育成の手段だ。Rapidusの若手エンジニアたちはニューヨークにあるIBMの研究開発拠点に派遣され、いくつもの壁にぶち当たって奮闘されているという(日テレNEWS 2024)。このような若い世代は多様性に対して柔軟であり、失敗を恐れずに彼らに多くの機会を与えることを企業に期待したい。
トランプ政権下では、経済のグローバル化の巻き戻しが起きるかもしれない。しかしその中でも、政策支援と人材育成によって、友好国との知的ネットワークやグローバルサウスとのサプライチェーンを拡大することで、日本経済は成長を続けることができるはずなのだ。