近年、安全保障上の問題や新型コロナウイルス(以下、コロナ)、自然災害のために、グローバル・サプライチェーンの途絶リスクが上昇している。それに対応するために大規模な政策が実施され、グローバル・サプライチェーンは今後大きく再編される可能性がある。このような状況を念頭に、筆者は「強靭で創造的なサプライチェーン-研究成果に基づく政策的・経営的提言-」と題したポリシー・ディスカッション・ペーパーを発表し、グローバル・サプライチェーンに関わる政策的・経営的な提言を行った。本稿は、その論文の要旨をまとめたものである。
強靭で創造的なサプライチェーンとは?
そもそも、強靭で創造的なサプライチェーンとはどのようなものだろうか。この点に関しては、筆者を含む多くの研究者がさまざまな角度から実証的な分析を行ってきた。そこから分かったのは、取引先が国際的に分散化・多様化していれば、もしある取引先からの部品の供給や製品の需要が途絶しても別の取引先で代替することで、その影響が最小限に抑えられるということだ(Kashiwagi, et al., 2021; Todo, et al., 2021)。
しかも、国際的に多様化したサプライチェーンは、海外の取引先から新規の技術、知識、情報を手に入れることができるため、より創造的(イノベーティブ)でもある。輸出入や対内・対外直接投資によって経済のパフォーマンスが向上することは、多くの研究で実証されている。日本国内のサプライチェーンでも、地理的に離れた企業と取引をしている企業は、売上高、従業員1人あたりの売上高、特許申請数ともに大きい(Todo, et al. 2016)。
さらに、素材や部品の取引ネットワークであるサプライチェーンだけではなく、共同研究ネットワークのような知的ネットワークの国際的多様性も、新しい知識の獲得や創造性に寄与することも分かっている(Iino, et al., 2021)。
グローバル・サプライチェーンの現状
このような強靭性・創造性の観点から、グローバル・サプライチェーンや国際的知識ネットワークに関連した政策とその現状を概観しよう。
2018年より、米国は安全保障上の懸念からハイテク分野で中国経済を分断しようとする貿易・投資政策を行っている。より最近では、特に半導体産業のサプライチェーンの強靭化のための大規模な政策支援を開始した。日本や欧州各国もそれに追随している。中国はそれに対抗して、貿易・対中投資に対する規制やハイテク産業に対する大規模な支援や技術の囲い込みを行っている。
しかし、これらの政策にもかかわらず、日米欧と中国間の貿易量は必ずしも縮小しておらず、コロナ禍後はむしろ増加傾向にある。わずかに、米国から中国への半導体関連の一部の品目のみが減少しているにすぎない。
ただし、各国の部品輸入における中国への依存度、つまりサプライヤーとしての中国依存度を見ると、多くの国でこの10年以上上昇し続けているのに対して、日本は2015年から、米国では2018年から減少傾向にある(図参照)。つまり、日米は貿易による利益を損なわずに、サプライチェーン途絶のリスクを下げており、経済の発展にとっても経済の強靭化にとっても望ましい傾向であると言える。
とは言え、日本の輸入における中国のシェアは、米国やシンガポール、ドイツなどに比べるとまだまだ高い(図)。特に電気・電子機械では50%近く、自動車部品では40%近い上に近年でも上昇傾向にある。
なお、国際的知識ネットワークの現状を見ると、日本の研究開発活動の国際化は大きく遅れている。例えば、2012~2015年に申請された特許のうち国際共同研究によるものの割合は、日本ではわずか1.3%であり、韓国の3.6%、中国の5.7%、米国の10.0%よりも大幅に少ない(OECD, 2017)。コロナ関係の医学研究論文の数でも日本は世界で15位、国際共同研究によるコロナ関連論文の数では世界18位であった(OECD, 2021)。このように国際共同研究が活発でないことが、日本経済の長期停滞の一因になっている。
政策的・経営的提言
以上のような考察と現状認識を基に、次の4つの政策的・経営的提言を行いたい。
第一に、日本政府・企業は、国内回帰ではなく、サプライチェーンの国際的多様化を目指すべきだ。近年の政策の多くは、補助金を使ってサプライチェーンを国内に誘致することを意図しているおり、日本でも約6200億円の補助金を使って台湾の半導体世界大手TSMCなどの日本国内の投資を支援する。しかし、大規模な国内回帰は多様化に逆行する動きであり、むしろサプライチェーン途絶のリスクを上げてしまう。特に、日本は世界的に見ても災害大国であり、いったん国内で大災害が起きた時には、サプライチェーン途絶の影響は甚大だ。さらに、国内回帰によって経済の効率性も著しく損なわれる。
従って、政策は国内回帰だけに焦点を当てるのではなく、中国への依存度を下げつつ、国際的にサプライチェーンを多様化していくことにより大きな力点を置くべきだ。ただし、それは安全保障上の懸念の少ない国々にサプライチェーンを拡大していく、いわゆる「フレンドショアリング」でなければならない。そのためには、海外進出のための情報共有やビジネスマッチングに対する支援が、友好国間の国際的なフレームワーク、例えばインド太平洋経済枠組み(IPEF)や日米豪印のQUAD、日豪印のサプライチェーン強靭化イニシアティブ(SCRI)などを活用して実施されるべきだ。
第二に、特定の産業をターゲットとする「産業政策」は必ずしも有効ではない。近年の政策は特定の産業、特に半導体産業を対象としたものが多い。このような特定産業のターゲティングは、経済学で産業政策が再評価されはじめたことで、政策担当者に大きな支持を得ている。ただし、産業政策を再評価する経済学者も、政府のトップダウンで支援すべき産業を決めるような伝統的な産業政策には否定的であることも多い(Aiginger and Rodrik 2020)。実証的にも、中国の産業政策は企業の競争が担保されている場合にのみ効果的だったことも示されている(Aghion et al. 2015)。
従って、半導体産業をターゲットとする政策は、少なくとも経済の開放性と競争を促進するような政策とセットで行われなければならない。その1つの方法は、上述したような情報支援やマッチング支援によってむしろサプライチェーンの国際的多様化を図ることだ。
第三に、安全保障に関わる経済規制に民間企業が適切に対処できるよう、国際ルールの形成が必要だ。安全保障上の懸念から特定物資の中国への輸出が禁止されたり、紛争のために中国に経済制裁を課したり、また逆に中国が輸出規制を課したり、外資企業に対して技術の提供を要求したりするリスクが高まっている。このようなリスクを最小化し、また可視化するためには、どのような条件下では特定の品目や産業について安全保障上の理由から貿易や投資を規制することができるのかについて、透明性のある国際ルールを制定することが必要だ。WTOが十分に機能していない現状では、国際的フレームワーク、例えばG7、IPEF、QUAD、RCEP、APEC、CPTPPなどにおいて、このようなルールを議論して形成することが望まれる。
また、日本が最近制定した経済安全保障推進法における「特定重要物資」を指定する際にも透明性のあるルールを決めれば、それが国際ルールの基礎になる可能性もある。このように、さまざまな局面で日本政府が国際的なルール形成において重要な役割を果たすことを期待したい。また、民間企業にもその立場を伝えるために政府に対する積極的な発信や対話をお願いしたい。
最後に、中長期的にはイノベーション促進こそが国内産業の国際競争力や強靭性を高めるため、国際的知識ネットワークの拡大が重要である。実は、近年の日米欧の政策パッケージの中にも、半導体産業を含むハイテク産業での研究開発や国際共同研究に対する支援は含まれている。日本は、TSMCの生産拠点だけではなく、半導体の3次元化のための研究開発拠点もつくばに誘致しており、日本企業や大学との共同研究も予定されている。さらに、日米政府は次世代半導体に関する日米共同研究の実施で合意した。この好ましい方向性をより強化し、日本政府も企業も国際共同研究の役割により強い関心を持って実行していくべきだ。
ただし、サプライチェーンの国際化と同様、知識ネットワークの国際化についても、安全保障上の懸念のない国々と進めていく、いわば知的フレンドショアリングが必要だ。従って、やはり友好国間の国際的フレームワーク(IPEFやQUADなど)を活用して、共同研究相手を見つけるための情報共有やマッチング、人材交流などを支援していくことが望ましい。