経済的利益と安全保障のバランスのとれたサプライチェーンのあり方

戸堂 康之
ファカルティフェロー

中国の経済的威圧や安全保障に関わる懸念から、貿易における中国依存を減らそうとする動きが日本企業にも出てきている。このコラムでは、現時点での中国依存からの脱却が必ずしも好ましい方向では進んでいないこと、それがサプライチェーンの途絶や安全保障に関わる情報が十分に民間企業に伝わっていないことが原因である可能性とその対処について述べたい。

中国依存の問題点

日本のサプライチェーンは、素材や部品を中国に大きく依存しており、万一安全保障上の問題から中国からの輸入が途絶した場合には、日本経済に大きな影響を及ぼす。例えば、兵庫県立大学の井上寛康教授と私のシミュレーション(RIETI DP 22-E-062,PLOS ONE誌に掲載)では、中国からの輸入の8割が6週間途絶した場合には、その期間の日本の付加価値生産は約15%減少すると試算されている。輸入途絶の影響がこれほど大きくなるのは、国内のサプライチェーンを通じて多くの企業に波及して増幅するからだ。

このようなリスクに備えるために、中国依存を下げて、生産・調達拠点の国内回帰(オンショアリング)や友好国への分散(フレンドショアリング)が必要であるとの認識が日本企業の中で高まっており、実際の動きが活発化しているという調査結果もある。

また、企業は中国への輸出が縮小するリスクにも直面している。米国が半導体関連など安全保障に関わる製品の中国への輸出を禁止し、その規制は米国との貿易関係がある日本企業にも影響する。さらに、そもそも日本政府も同様に中国に対する輸出管理を強化していることから、日本企業も中国への輸出に慎重にならざるを得ない。

ただし、中国との経済関係を縮小して長期的なリスクを下げる「デリスキング」戦略は、短期的な経済的な損失を伴う。輸出減がそのまま日本の生産減に結び付くのは当然だ。さらに、中国からの部品の輸入が生産の効率化を通じてむしろ日本の雇用増や生産増に寄与してきたことは実証的に示されており(Fabinger, Shibuya, and Taniguchi, RIETI DP 17-E-022)、中国からの輸入減も日本経済を悪化させる。対中直接投資の収益率が主要投資対象国の中で最も高いというジェトロの報告もある。

従って、経済的利益を著しく損なうことなく経済安全保障上のリスクを下げるというバランスが必要だ。では、そのために中国依存をどの程度下げるべきなのだろうか。

中国との貿易構造の変化の問題点

まず、現状の中国との貿易の状態を見てみよう。表1に、2021年1-7月期から2023年同期への対中貿易の変化をまとめてみた。これによると、日本の対中輸入総額は2年前に比べて4%減、輸出は24%減となっており、貿易における中国依存が低下することで日本経済が強靭化されているように見える。

しかし、サプライチェーンの強靭化や安全保障上重要と思われる品目の貿易額を見てみると、2つの問題が指摘できる。

(1)対中輸出総額が大きく減少している中で、安全保障に関わる半導体関連品目の対中輸出の減少率はむしろ総輸出額の減少率よりも小さい。特に、集積回路の輸出は2%減とほぼ横ばいである。これは、半導体関連品目の輸出が半減もしくはそれ以上に激減しつつ、対中総輸出は維持している米国と対照的である。

(2)対中輸入総額がやや減少している中で、サプライチェーンの強靭性に関わる電気・電子機器の輸入はそれほど減少しておらず、自動車部品はむしろ増加している。しかも、これらの品目における輸入における中国依存度は40%以上とまだまだかなり高い。この点でも、これらの品目の中国依存度をそれぞれ26%、12%に減らした米国と対照的である。

表1:2021年1-7月に比べた2023年同期の対中貿易の変化率
表1:2021年1-7月に比べた2023年同期の対中貿易の変化率
出所:Un Comtrade. カッコ内は品目別の輸入額に対する中国のシェアの変化。

経済的利益と安全保障をバランスさせるために

1つ目の点については、本来は安全保障に関わる重要品目の輸出は下げつつも、日本の安全保障を損なうことのない品目の輸出の減少はできるだけ抑えて、対中輸出による日本企業の利益を確保するべきだ。ところが、実際には重要品目の輸出よりも全体の輸出がより大きく下がっている。これでは本末転倒だ。

この原因の1つは中国における景気減速であるが、それだけでは重要品目よりも全体の輸出の減少率が大きいことは説明できない。これは、対中輸出規制に対して民間企業が過剰に反応しえているからかもしれない。

米国は「small yard, high fence」、つまり限られた品目についてのみ強い対中輸出規制をかけると表明しているが、実際にはその規制対象は拡大している。例えば、2023年10月には中国向け半導体関連の輸出管理規則を改訂し、対象品目を拡大した。いわゆるエンティティリスト掲載の輸出規制の対象企業も年々拡大している。日本も米国の動きに追随し、半導体製造装置を中心に輸出規制品目を拡大している。

このように、日米の対中輸出規制の対象となる品目が拡大しているがために、将来の輸出規制や罰則を恐れた企業が過剰に反応して、必ずしも安全保障とは関係しない品目についても対中輸出を自粛してしまっている可能性もある。

もしそうであるならば、日米をはじめとする西側政府は対中輸出規制の対象品目を決定するルールをできるだけ明確に規定して、今後も品目が拡大していくにしても、民間企業が予測可能な形にとどめて、過剰な輸出減少を抑えることが必要だ。そのために、G7やIPEF(インド太平洋経済枠組み)の場で、透明性のある明確なルールを規定することも有効だ。

2つ目の問題、つまり日本企業がサプライチェーンにおいて重要品目の輸入を中国に依存しすぎているという問題の原因も、政府と民間企業の情報の非対称性に起因している。この場合には、逆に中国の台湾侵攻など安全保障上の問題による中国からの輸入が途絶することのリスクが民間企業に過小評価されており、中国依存がそれほど減っていない可能性がある。

この問題に対処するためには、日本政府もしくは公的機関が企業に対して中国リスクを明確に説明すべきであるし、企業はそのようなリスクを真剣に考慮すべきだ。このような経済安全保障に関わるリスク分析とその情報開示(リスク・コミュニケーション)は、日本では十分に進んでいないという指摘がある(佐分利・城山RIETI PDPとして公表予定)。

このような情報の非対称性の問題をできるだけ解消することで、中国との経済関係を、経済的利益と安全保障上の問題をバランスさせた適切なレベルに近づけることができよう。日本政府には、安全保障上のリスクおよび今後の対中輸出規制の拡大の方向性に関する情報を、民間企業に届ける、特に中小企業にも届くように、一層の努力をお願いしたい。

2023年11月30日掲載