ノンテクニカルサマリー

グローバル・サプライチェーンを通じた海外発の経済ショックの波及-企業レベルデータによる実証-

執筆者 井上 寛康(兵庫県立大学 / 理化学研究所)/戸堂 康之(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 経済・社会ネットワークとグローバル化の関係に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「経済・社会ネットワークとグローバル化の関係に関する研究」プロジェクト

近年、コロナ禍での経済・社会規制によって、中国やASEAN諸国からの部品の輸入が途絶し、日本での生産が縮小する事態が多々発生している。また、米中対立の深化やロシア・ウクライナ戦争によって、安全保障を理由とした貿易規制のために輸出入が縮小するという事態や今後の懸念も増大している。

このような現状を鑑みて、本論文は、日本への素材・部品の輸入および日本からの製品の輸出が外生的なショックによって縮小した場合、日本経済にどのような影響があるのかをシミュレーションによって分析した。

特に、国内の約100万社の企業の詳細なサプライチェーンのデータを経済モデルにあてはめて、輸出入縮小の影響が国内のサプライチェーンを通じて波及して増幅される可能性を考慮したところに、本論文の最大の特長がある。これまでの研究では、データの制約から、国内のサプライチェーンのみを考慮して企業ごとの輸出入を考慮できていないか、企業のサプライチェーンではなく産業間の連関のみを考慮しているかのいずれかの問題があった。本研究は、東京商工リサーチによる企業間の国内サプライチェーンのデータと、経済産業省「企業活動基本調査」の企業ごとの輸出入額のデータを接続することで、初めてこれらの問題を解決した。

その結果、部品輸入の途絶はサプライチェーンを通じて下流の企業にも連鎖的に影響を与えるため、輸出の途絶にくらべてより大きな生産減少を及ぼすことが見いだされた。また、サプライチェーンを通じた波及効果のために、輸入の途絶の影響はその規模が大きくなればなるほど、またその期間が長期になればなるほど急激に大きくなっていく。

例えば、全世界からの輸入の80%が4週間途絶した場合にも、その期間の日本の付加価値生産額の減少率は約2.9%にとどまるが、それが2カ月間続けば約26%と急増する。しかし、縮小の程度が小さく、輸入の40%が2か月途絶しても生産減少率は約2%にすぎない。また、輸出については、その80%が2カ月間途絶したとしても生産減少率は4.4%と、輸入の途絶の影響にくらべると比較的軽微であった。

さらに、輸入が80%2カ月間途絶した時の影響を相手地域別にみると、中国とその他アジアからの輸入の影響が突出して大きい。(なお、「企業活動基本調査」における貿易相手の情報は、「中国」「その他アジア」「北米」「欧州」「中近東」「その他」の地域別となっているため、残念ながら中国以外では国別の分析はできない。)

図1Aは、輸入途絶による生産減少額と途絶した輸入額の関係を相手地域別に示したものである。これによると、途絶した輸入額が大きいほど生産減少額が大きいという単純な関係は見られない。生産減少額は、むしろ相手地域別の輸入企業数(図1B)やその顧客企業数(図1C)とよりはっきりした相関があり、輸入途絶による生産減少はサプライチェーンの構造に依存していることがわかる。

さらに、途絶した輸入品を国内のサプライヤーからの調達で代替できる場合には、国内生産に及ぼす影響を緩和できることも示された。例えば、全世界から80%の輸入が2カ月間途絶するケースでは、生産減少率は26%から20%に改善される。

この生産減の改善は、部品の供給途絶に直面した企業がフレキシブルに新しいサプライヤーを見つけることができると仮定した場合でも、サプライヤーを共有する別の企業のサプライヤーからしか新たに取引ができないと仮定した場合でも、ほとんど差がない。つまり、素材・部品の輸入途絶が回避できないとしても、その影響を国内のサプライチェーンの比較的軽微な再編によって軽減することができると言える。

さらに、輸入途絶が特定産業(日本標準産業分類2桁レベルによる)だけに限られる場合についても、その影響を分析した。図2A・Bはそれぞれ中国、その他アジアからの特定産業への輸入が途絶した場合の輸入途絶額と生産減少額との関係を表している。

中国からの輸入では、機械(26・27)、電子部品(28)、電機器具(29)、情報通信機器(30)の影響が大きいが、その他アジアでは化学(16)、窯業(21)、鉄鋼業(22)などの影響も大きい。なお、自動車産業(31)の輸入途絶の影響はその輸入額にくらべて小さい。これは、電機・電子産業では輸入部品が国内のサプライチェーンの比較的上流に位置するために、下流への波及効果が大きい半面、自動車産業の輸入部品は比較的下流に位置しているからだと考えられる。

これらの結果から、外的な要因で部品の輸入が途絶した場合、もしくは安全保障上の理由から輸入規制を行う場合には以下のような注意点が必要であると考えられる。

  1. (1)輸入途絶の影響は国内のサプライチェーンを通じて増幅され、途絶の強度や期間とともに急激に増加するため、途絶の程度や期間を最小限に抑える必要がある。
  2. (2)輸入途絶の影響の大きさはサプライチェーン構造にも依存しており、ある国や産業からの輸入途絶が不可避である場合、輸入額だけでその影響の大きさを判断するべきではない。
  3. (3)輸入途絶の影響は、途絶した素材・部品を国内のサプライチェーンで代替することで大きく軽減することが可能である。したがって、平時よりそのような代替を想定しておくことが必要である。
図1:輸入途絶による生産減少率とサプライチェーンの構造との関係
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図1:輸入途絶による生産減少率とサプライチェーンの構造との関係
図2:産業別の輸入途絶額と生産減少額の関係
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図2:産業別の輸入途絶額と生産減少額の関係