経済安全保障の焦点 過度な国内回帰、供給網弱く

戸堂 康之
ファカルティフェロー

世界のサプライチェーン(供給網)が変動している。中国との関係に安全保障上のリスクが認識され、日米欧が2019年ごろから中国との貿易・投資関係を規制してきたことが一因だ。

近年では半導体などの重要品目の供給網を中国から分離し、強靱(きょうじん)性を高めるため、日米欧各国は巨額の補助金を使って生産拠点の国内誘致を進めている。日本政府は台湾の半導体大手TSMCの工場の熊本誘致などのため、21年度補正予算に6200億円を計上した。またハイテク産業での供給網途絶リスクを軽減するための国内への設備投資に対し約5200億円の補助金を出した。

本稿では供給網の変化を概観し、これらの政策について評価と提言をしたい。

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かねて日本企業の供給網は中国依存が強く、供給途絶リスクが大きかった。各国の部品輸入の中国のシェアをみると、日本は14年に過去最高の約30%となるなどかなり大きかったが、15年以降は低下が続いている(図1参照)。米国の部品輸入の中国シェアも19年以降急低下している。他方、韓豪独などでは中国依存は高まり続けている。

図:1.部品輸入における中国のシェア、2.中国への産業別輸出額

半面、日米の対中輸出総額はこの3年で急増している。電機電子関連品目さえ日米ともに増えている(図2参照)。減少傾向にあるのは、米国からの航空機や半導体関連の一部の細目、例えばドライエッチング用機器の輸出などだけだ。

供給網は地理的に多様に分散している方が強靱だ。コロナ禍や天災である国からの供給が途絶えた場合にも、別の国からの供給で代替できるからだ。そのことはコロナ禍の影響の研究、例えば東アジア・アセアン経済研究センターが収集した企業データによる筆者らの分析でも確認される。

日米は中国依存を減らし部品供給を多様化しつつ、戦略的最重要品目の対中輸出を減らしながらも対中貿易全体は増加させている。供給網の強靭化、経済拡大の双方の点から好ましい。

この動きには政策が貢献している。ただし15年から中国依存が減る日本では、12年の尖閣諸島国有化に伴う反日デモの激化などで企業のリスク認識が変化したことも大きな原因だろう。

ただ日本の中国依存はなおも強く、強靭な供給網の構築には一層の多様化が求められる。それには一定の政策が必要だが、現在の政策には幾つか問題もある。

第1に供給拠点の国内回帰・国内誘致が行きすぎると、むしろ供給網は脆弱となる。自然災害の多い日本では、国内の供給網途絶のリスクも大きい。だから海外に供給拠点を分散することでリスクを減らせる。

政府は国内回帰とは別に、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国などへの生産拠点の移転にも補助金を出しており、供給網の強靭化の観点からは望ましい。また海外進出のための情報提供、ビジネスマッチングを通じたネットワーク支援は、日本貿易振興機構などの公的機関が実施してきた。これらの支援は効果的とのエビデンス(証拠)も多く、供給網の多様化のために一層活用すべきだ。

第2に生産拠点の誘致で国内の半導体産業が再興するかは疑問だ。似た政策に、地方にハイテク産業を誘致するための補助金があった。だが大久保敏弘・慶大教授らによると、1980~90年代に実施された頭脳立地などの政策は、ローテクな企業を誘致することが多かった。革新的な企業は補助金をもらっても、技術と情報の集まる産業集積地を離れたくはないからだ。

同じことがTSMCの生産拠点誘致で起きている。TSMCが熊本に設立するのは、最先端の工場ではなく、汎用レベルのものだという。それでは高度な産業の発展には結びつかない。

第3に半導体など特定の産業を重点的に支援する、狭義の「産業政策」の効果にも疑問がある。産業政策は世界的に見直されつつある。大規模な産業支援をする中国の急激な成長も一因だ。だが丸川知雄・東大教授によると、中国の産業政策は失敗の連続で、半導体産業の支援ですら国産化比率の目標を大幅に下回り、必ずしも成功していない。

中国企業のデータを用いた欧州経営大学院のフィリペ・アジオン氏らの研究によれば、産業政策は産業内での競争が維持されている場合にのみ、企業の生産性を向上させた。つまり中国ハイテク産業の急激な成長は、政策の一定の貢献はあるとしても、本質的には民間企業の激しい競争により達成されてきたといえる。

だからダニ・ロドリック米ハーバード大教授が言うように、これからの産業政策は特定産業に限定せず、幅広い産業での競争を促進し、民間の創意工夫を促すようなものとすべきだ。

半導体が戦略的に重要であることは否定しない。しかし設計や材料、製造装置も含めて、半導体の生産プロセスすべてを国内に完結させる必要はない。供給網が安全保障上の問題がない国に展開している限り、供給が長期に大規模に途絶するリスクは小さいからだ。

しかも生産プロセスの幾つかの工程で、日本企業は先端的な技術力で大きな世界シェアを持つ。供給網の中で日本には一定の影響力がある。今後も半導体だけでなく多様な産業で、競争力のある企業を増やすことが経済成長にとっても強靭性にとっても最も重要だ。

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競争力の強化には、研究開発や知的連携に対する政策支援が有効だ。ノーベル経済学賞受賞者のポール・ローマー氏が言うように、その利益は社会に広く行き渡るからだ。米欧が計画する供給網強靭化計画では、供給網の国内誘致に加え、大規模な研究開発支援がもう一つの柱となる。この点は日本も見習うべきだ。

日本の半導体産業支援でも知的連携支援は実施されている。TSMCは21年、茨城県つくば市に研究開発センターを立ち上げた。政府の補助金だけでなく、産業技術総合研究所が中心となり、日本の企業や大学との連携の枠組みを整えたことも大きな誘因となった。

こうした海外企業の研究開発拠点の誘致や海外企業との共同研究が日本企業の技術力を大きく引き上げることは、筆者らが実証している。国際連携を通じて企業が互いの技術を学べるからだ。だから幅広い産業を対象に、研究開発拠点の誘致や日本企業・大学の海外との知的連携を支援していくべきだ。ただしその時にも安全保障上の懸念があってはならず、懸念の少ない国々との国際的な枠組み、例えば自由で開かれたインド太平洋や日米豪印のQuad(クアッド)などを活用することが望まれる。

そのうえで企業や個人が政策をうまく活用し、世界とつながって切磋琢磨(せっさたくま)することが日本経済を成長させ、強靭化させる唯一の道といえる。

経済ショックに直面した時、国民はその原因を海外に求め、政府は閉鎖的な政策をとりがちだ。08年のリーマン・ショック後も、内需主導型経済を目指す政策が多く実施されたが、経済停滞を長期化させるだけに終わった。今度こそは、閉鎖的な政策に流れずにこの危機を乗り切るべきだ。

2022年3月9日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2022年3月22日掲載