対韓輸出管理厳格化の是非 供給網通じた波及 避けよ

戸堂 康之
ファカルティフェロー

日本政府は韓国向け輸出の管理を厳格化した。そのことで韓国への輸出が減れば、韓国のみならず日本にも経済的にマイナスだ。

韓国経済研究院は、韓国企業が必要とする半導体素材が30%不足すれば、韓国の国内総生産(GDP)は2.2%減少するが、日本のGDPも0.04%減少すると試算する。だがこの試算では、グローバルなサプライチェーン(供給網)を通じて経済的な影響が世界中に拡散することを十分考慮していない。従ってその影響を過小評価している。

供給網を通じて生産への影響が経済全体に波及していくことは、東日本大震災後に日本が経験した。震災後に被災地からの部材の供給がストップし、被災地での需要も縮小したことで、日本中の多くの工場や、さらには海外の工場までもが操業を一時停止した。

筆者は供給網を通じた経済的な影響の波及効果についてデータを使って研究してきた。その結果、何らかの理由で企業が減産したとき、供給網を通じた波及効果は火種の企業に対する直接的な影響よりもはるかに大きいことが確認された。

◆◆◆

筆者らのシミュレーションによると、東日本大震災により生産設備が破壊されたことによる直接的な付加価値生産額の減少は約1千億円で、GDPの0.02%だった。しかし供給網の途絶による生産減少の影響はすべての都道府県に及び、その総額は11兆円、GDPの2.3%と直接的な影響の約100倍にのぼった。

とはいえ、こうした波及効果の大きさは、供給網の構造によりかなり異なる。筆者らの研究では、あるサプライヤー(部品会社など)からの部材の供給が途絶したとき、その部材がどれだけ代替可能か、逆にいえば部材がどれだけ特殊なものかが波及効果を大きく左右することがわかっている。

また企業の多くは数社程度しか主なサプライヤーや顧客企業を持たないが、中には1万社以上の企業とつながる「ハブ(かなめ)企業」もある。波及効果はハブ企業を通じて、迅速に経済全体に拡散する。

さらに供給網は必ずしも上流の原材料メーカーから下流の最終財メーカーに一方向に流れているわけではない。サプライヤーが機械などの製品を使って生産するように、下流から上流への製品の流れもあり、供給網に複雑に絡み合うループ(輪)を作り出す。このとき、ある企業で発生した生産減少の影響は、ループを循環することで増幅されて長期化しやすい。

しかも供給網を通じた波及効果は財務を通じても起きる。ある企業の支払いが滞ると、そのサプライヤーの資金繰りが悪化し、さらに上流にも影響が及ぶ。荒田禎之・経済産業研究所研究員は、ある企業の倒産はその1次、2次サプライヤーにも影響することを日本のデータで確かめている。

7月に発動された輸出管理厳格化の第1弾では、サムスン電子やSKハイニックスなどの韓国の半導体メーカーへの素材の輸出に対する管理が厳格化された。両社は半導体の売上高で世界1位と3位で、日本を含む多くの国の企業と取引関係にある。また製品のメモリーやスマホなどのIT機器は世界中の企業で生産手段として利用されている。つまり両社はグローバルな供給網に複雑なループを作り出すハブ企業である。

従ってこれらの企業に対する日本からの素材の輸出が滞れば、その素材メーカーが生産を減らすだけではない。それ以外の部材を韓国企業に供給する多くの日本のメーカー、そしてそれらの1次サプライヤーに部材を供給する2次、3次のサプライヤーも影響を受けるし、韓国半導体企業の製品を使って生産する日本企業も影響を受ける(図参照)。これらの影響は供給網内のループを循環して増幅される可能性もある。

図:半導体素材の輸出管理厳格化の影響
図:半導体素材の輸出管理厳格化の影響

しかも輸出管理厳格化の対象となったのは、日本企業が最先端の技術を保有する素材ばかりで、韓国企業が他国からの製品で代替することは難しい。逆に日本企業にとっても、大きな世界シェアを持つ韓国企業の穴を別の顧客で埋めるのは簡単ではない。従って輸出管理厳格化の影響は、部材の代替が可能な場合に比べて相当深刻なものとなる。

残念ながら日韓の供給網の詳細なデータが現時点では手に入らないため、効果の大きさを数字では示せない。ただ東日本大震災のケースが示すように、冒頭で触れた韓国経済研究院の試算が示すよりもはるかに大きいことは間違いない。

さらに8月には、輸出手続きを簡略化する優遇対象国(ホワイト国)から韓国を外し、より広範囲の品目の輸出管理を厳格化する。広範囲に実施された場合、当然影響は半導体素材のみの場合よりも大きくなる。

◆◆◆

ただし大きな影響が予想されるのは、あくまでも日本の対韓輸出が実際に激減することが前提となる。幸い、今般の政策変更はあくまでも安全保障に関わる輸出管理の運用見直しであり、やみくもに輸出を制限するものでないことは、日本政府が明言している。一部の半導体素材については輸出が認可され始めた。

今後も安全保障上は問題がないと判断される輸出はこれまで通り認められるのであれば、輸出手続きに必要な手間や時間が増えるとしても、供給網が途絶されるわけではない。だからその影響は短期的かつ小規模なものにとどまる。

とはいえ、日本の政策変更に韓国が様々な措置で対抗しようとしており、日本もこれに安全保障面から逸脱した輸出管理で対抗すれば、日本経済への影響は無視できないものとなろう。政府にはその影響に十分に配慮したうえで、原則に基づく冷静で必要最小限の管理厳格化を望みたい。

また企業が厳格化に対応するには、一定の知識と期間が必要となる。その期間に発生した生産停滞が増幅され大きな波及効果を生まぬよう、政府は企業、特に中小企業を素早く支援する必要がある。さらに、品目によっては他国の部材で代替が可能なものもある。企業の迅速な対応を支援することで、輸出手続きの煩雑化による恒久的な代替を避けなければならない。

本来日本は、環太平洋経済連携協定(TPP11)を主導したほか、欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)を締結し、世界の自由貿易をけん引する立場にある。残念ながら今回の政策変更は、その意図が誤解され、日本の自由貿易に対する姿勢について世界各国に一定の疑念を与えたようだ。政府は安全保障問題に限った最小限の輸出管理厳格化であることを、今後管理品目の政策変更前後の輸出動向を使って世界に丁寧に説明し、疑念と誤解を解消していくべきだ。

韓国に向けても同様の対応が求められる。韓国政府が今回の措置に反発しているとしても、韓国国民や経済界に対してはデータに基づく説明を根気よく続けるべきだ。急激に変容するアジアの経済・政治秩序を鑑みてこれ以上の日韓関係悪化は好ましくなく、長期的な視野に立った多様な戦略が官民ともに必要だろう。

2019年8月21日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2019年8月23日掲載