トヨタ自動車は米配車大手ウーバーテクノロジーズと自動運転技術の開発で連携している。また多くの米企業がフィリピンにコールセンターを配置する。企業は素材や部品のサプライチェーン(供給網)を通じてつながっているだけではない。設計・開発やデザイン、マーケティング、アフターサービスなど様々な業務の協働やアウトソース(外部委託)を通じても、先進国、新興国、途上国をまたいでグローバルにつながっている。
こうした企業のネットワークをグローバルバリューチェーン(GVC)と呼ぶ。
GVCの拡大は世界経済の発展に大きく寄与している。企業はGVCを通じてより効率的に人や資本などの資源を効率的に配置できることが理由の一つだ。日本企業の場合、途上国に単純な生産工程を配置し、国内ではより高い技能を必要とする工程や研究開発などに特化することで、より高い利益を生み出せる。
より本質的な理由は、GVCを通じて技術や知識が世界に波及することだ。海外を含む様々な企業とつながることで、企業は自分だけでは難しい新しい技術や知識を得て、イノベーション(技術革新)を生み出していく。これは部材の取引関係を通じた技術の移転や開発、共同研究によるオープンイノベーションに顕著にみられる。2018年にノーベル経済学賞を受賞したポール・ローマー米ニューヨーク大教授が言うように、知識の波及によるイノベーションこそが経済成長の源泉だ。
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しかし近年、GVCの拡大を含む経済のグローバル化に対して懐疑的な考え方が世界的に広まっている。国際貿易が国内の雇用を増やすと考える人は欧米で3~4割、日本では2割しかいないという世論調査もある(図参照)。
その結果、米国の環太平洋経済連携協定(TPP)離脱、英国の欧州連合(EU)離脱、米中の貿易摩擦など、様々な保護主義的な動きが出ている。実際、08年のリーマン・ショック以降、国際貿易や投資は停滞傾向にある。
保護主義台頭には主な理由が3つある。
第1に経済全体の成長をもたらすGVCの拡大が、同時に新興国との競争で先進国内の所得格差を生み出していることだ。例えば米国内の生産や雇用は中国製品の輸入により縮小していることをダロン・アセモグル米マサチューセッツ工科大教授らが実証している。特に影響が大きい中西部などの伝統的な製造業が中心の地域の人々が保護主義を支持する。
第2に企業が国境を越えてつながることで、海外で起きた経済ショックが簡単に国内に波及することだ。米国で起きたリーマン・ショックは世界で景気後退を招いた。こうしたマイナス効果は見えやすいため、海外とのつながりを否定する考え方が生まれる。
第3にGVCを通じて国内の技術が海外に流出してしまうことだ。米国は中国が先端技術を盗んできたと非難している。先進国技術の流出による新興国の追い上げが先進国で反発を引き起こしている。
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しかしGVCのマイナス面には、十分に対応が可能だ。
まず新興国との競争による先進国の製造業の衰退は、国内の産業構造転換で防げる。
実は中国からの輸入に伴って日本国内の産業の売り上げはむしろ増えていることが、ミハル・ファビンガー東大講師らの分析からわかっている。米国と違い、日本の製造業は中国に高品質の部品を輸出し、それを中国が最終財に組み立てたものを輸入する構造だからだ。米国でもシリコンバレーは中国からの輸入の悪影響が小さい。IT(情報技術)産業が機器の製造を新興国に委託しつつ、国内でハードやソフト、新しいサービスを開発しているからだ。
つまりより高い付加価値を生み出す産業構造に変革していくことで、先進国は新興国と共存して発展できる。先進国企業はグローバル化を恐れず、GVCをより積極的に活用すべきだ。例えば海外の先端企業の買収や国際共同研究により新しい知恵を取り込むことで、イノベーションを起こすのが一つの方法だ。
次にGVCを通じて海外の経済ショックが国内に波及することにも、対処は可能だ。
筆者が早大博士課程の柏木柚香氏らと実施した分析によると、米東海岸の産業集積地を襲ったハリケーンの影響はGVCを通じて米国内の他地域の企業にも波及した。しかしその影響は米国外の企業や海外との取引がある米国企業には波及しなかった。国際的に多様なネットワークがある企業の場合、取引先が被災したとしても、比較的容易に代替先を見つけられるからだ。
筆者の別の研究では、東日本大震災の被害はサプライチェーンを通じて被災地外にも拡大したが、多様な取引先を持っていた企業ほど復旧が早かったことがわかっている。
つまり逆説的だが、ネットワークを通じた悪影響の波及はむしろグローバルにネットワークを多様化し、状況に合わせて柔軟にパートナーを変えていくことで軽減できる。
3番目のGVCを通じて技術が流出する問題は対処がやや難しい。前述のように、技術の波及経路となっているのがGVCの本質だからだ。
しかし知的財産権を侵す形で技術が盗用されることはイノベーションを抑制し、世界経済全体にマイナスだ。だから世界貿易機関(WTO)の再活性化やTPP11などの広域経済連携協定(EPA)の拡大により、新興国にも知財保護を徹底させていく必要がある。多様なネットワークを展開していくうえでも、一定の国際ルールは不可欠だ。
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とはいえ、グローバル化に対する懐疑や保護主義の台頭は経済的な利益や不利益を越えたところでも起きている。
貿易に肯定的でない日本人の多くは、実際には貿易による利益を受けているはずだ。経済的な利益を越えて保護主義を支持してしまうのは、人間が本質的に閉鎖的な面を持つからだろう。進化の過程で人類は小集団の中で強くつながり他集団と対抗し、生存競争を勝ち抜いてきた。だからどうしてもよそ者に寛容になれないと、進化生物学者のロビン・ダンバー氏は言う。
ならば保護主義に対抗するには人間の本質的な閉鎖性を軽減することも必要だ。それは社会経験や教育により可能だ。山村英司・西南学院大教授らの分析によると、団体スポーツの経験がある人ほどチームワークを重視し他人を信頼し、自由貿易への支持が高い。人々は多くの他者と交わりルールに基づき競い合うことで、多様性の重要性や閉鎖性の欠陥を実感できるのだ。しかも、人の多様なつながりは所得向上に結びつくことがロナルド・バート米シカゴ大教授により実証されている。
しかしグローバルに多様なネットワークを広げることは企業にも個人にも簡単ではない。大きなコストがかかるからだ。従って企業や個人の努力はむろん必要だが、政府の支援が不可欠だ。ビジネスプラットフォーム構築や留学支援など、様々な個人や経済主体が互いに交流し、また海外とつながるための幅広い「つながり支援」が望まれる。
歴史的にみると、幕末の尊皇攘夷(じょうい)や第2次世界大戦前のブロック経済化など、人間の本質的な閉鎖性は保護主義を生み出し、時に破滅的な結果をもたらした。しかし人類はその危機を乗り越え、多様なつながりを修復し、発展を継続させている。近年の保護主義の台頭が人間の英知と適切な政策で早期に克服されることを願いたい。
2019年2月27日 日本経済新聞「経済教室」に掲載