アジアの成長と日本 「工場」から「技術革新」の拠点に

戸堂 康之
ファカルティフェロー

東南アジアを含む東アジア地域は、国境を越えたサプライチェーン(供給網)で結ばれた「世界の工場」となることで経済成長を続けてきた。東アジアの成長は日本にも需要面で恩恵をもたらした。この四半世紀で東アジアの1人当たり実質所得は3.2倍、日本から東アジアへの輸出は3.7倍となった。近年では日本の所得の1割近くが東アジア向け輸出によるものだ。

しかし最近アジアの成長は鈍化している。中国の実質成長率は2000年代に10%だったが、10年代には7%台に低下した。マレーシア、タイ、インドネシアなどの東南アジアの新興国でも近年の成長率は3~5%程度で、東アジアの成長を大きくけん引するには至っていない。少子高齢化が急激に進むことも予想され、アジアでの日本製品への需要がこれまでのように順調に伸びていくか不透明だ。

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こうした状況から脱却し日本と他のアジア諸国がともに高い成長を持続するには、アジアが「工場」からイノベーション(技術革新)を創出する場に進化する必要がある。

アジアでも日中韓の3国は既にイノベーション拠点となっている。17年の国際特許申請数のトップ5は順に米国、中国、日本、ドイツ、韓国だ。しかし日中韓のイノベーションは量的にはともかく、質的にはまだ欧米に及ばない。

筆者が経済産業研究所で新潟大学の飯野隆史氏らと実施した分析によれば、発明の質を表す特許の引用数の平均は10年登録のもので、日韓は米国の半分以下、中国は6分の1以下でしかない。

この1つの理由は国際的な知的連携の貧弱さにある。近年オープンイノベーション、つまり他社を含む様々な機関との連携により新しい知識や技術を吸収し、イノベーションを生み出すことの重要性が認識されている。これは様々な部門の社員が自由闊達にワイワイガヤガヤと行う議論、いわゆる「ワイガヤ」がホンダのイノベーションを生み出してきたのと同じ理屈だ。

実際、前述の筆者らの分析によると、他社との共同研究をすることで、特許の被引用数で測った企業のイノベーションカは15%上昇する。加えて閉じた研究ネットワークよりも、開かれたネットワークで多様な相手と共同研究をした方がその効果は大きい。

特に外国企業との共同研究の効果は大きく、国内企業との共同研究の効果の3割増しだ。既に多くの知識を共有している国内企業よりも、異なる知識を持つ海外企業からの方が多くを学べるからだ。

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こうした視点から日中韓の知的連携を評価してみよう。図は11~13年に申請された特許データと企業データOrbisを利用して、世界中の企業の共同研究ネットワークを描いたものだ。黒い点がアジア企業、灰色が欧米企業を表し、共同研究をする企業同士は線で結ばれて引き合うように描かれている。従ってこの図では、互いに共同研究をする企業群が固まりとなる。

図:世界中の企業の共同研究ネットワーク
図:世界中の企業の共同研究ネットワーク
(出所)戸堂 ・柏木、経済産業研究所PDP、No.17-P-004

アジア企業は3つの大きなグループに分かれる。左のグループはほとんどが日本企業で構成されており、右上は韓国企業、中ほどは中国企業のグループだ。つまり日中韓は国内では共同研究をするが、日中韓同士や欧米と国際的な共同研究をあまりしていないことが明確に示されている。

一方、欧米企業は大きな1つの固まりを形成しており、必ずしも国ごとに明確に分かれていない。つまり欧米企業同士は国境を越えて活発に共同研究をしている。こうした「国境を越えた知のワイガヤ」が成立していることが、欧米における高度なイノベーションの源泉なのだ。

それに比べて日本の自国主義は効率が悪い。米コーネル大学などの世界的指標によると、日本ではイノベーションに対する投入が大きい割に成果が出ておらず、効率性指標は世界49位にとどまる。

図をよく見ると、中国企業のグループは日本企業より欧米に近い。つまり中国は欧米の研究ネットワークに入り込みつつある。政治的な対立があっても、米中の知的連携は深化している。その結果、中国は米国の知識を吸収し、日本を抜き世界第2位のイノベーション大国となった。フィンテック(金融とITの融合)やシェアリングエコノミーの分野では、中国は日本のはるか先を行っている。このままでは多くの技術分野で日本が中国に抜かれてしまう。

日本が技術的優勢を維持してより高い成長を達成するには共同研究をはじめ海外との知的連携を深めるべきだ。欧米との連携は当然必要だ。米国が保護主義に傾く今、貿易だけでなく知的に日米が連携する必要性が高まっている。

中韓との連携も同様に重要だ。地理的にも文化的にも近接した中韓とは本来欧米よりも連携が容易で、互いに学べることも多いからだ。

さらにそれをハブ(軸)としてアジア全体に密につながったイノベーション拠点群、いわば「知のワイガヤ・ネットワーク」を構築すれば、アジアの高成長が維持され、日本は知的にも需要面でもその恩恵を享受できる。

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そのためには何が必要か。第1に日中韓を中心とした国際共同研究支援だ。欧州連合(EU)は国際共同研究に対し多額の資金的な支援をしてきた。例えば「ホライズン2020」では、複数の加盟国の企業や大学が関わる国際共同研究に対し、14年からの7年間で800億ユーロを支援する。日中韓も互いに資金を出し合ってこうした国際的な枠組みを持つべきだ。日中韓やより広域の経済連携協定(EPA)に共同研究支援を組み込むことも検討に値する。

第2に日本人の意識改革だ。日本人には今なお「日本の技術は圧倒的に優れていて中韓と共同研究しても技術を盗まれるだけだ」と考える人が多い。20年前には正しかったかもしれないが、今では全く当てはまらない。より多くの日本人が中韓の企業や大学を訪問し、研究者や技術者と交わり、彼らの力を実感すべきだ。中期的には、日本から中韓への留学を支援することもこうした理解に役立つ。

むろん技術流出への備えは必要だ。EPAに知的財産権保護のための枠組みを組み込んだり、知財保護の手法について政府が中小企業に情報発信をしたりするなどの政策を同時に進めていくべきだ。

最後に日本は中韓だけでなくアジア新興国との知的連携も必要だ。新興国は研究開発活動が貧弱で、先進国に脱皮できない原因となっている。アジア全体に「知のワイガヤ・ネットワーク」を構築するには、日本が共同研究や技術移転で新興国のイノベーション力を向上させればよい。日本企業にとっても連携により現地の需要や制度に適した製品を開発できる利点がある。

しかし新興国との共同研究は現地の研究機関の情報が少なくリスクも大きいため、今なお連携が十分でない。だから政府開発援助の枠組みで企業や大学のマッチングや資金的支援を拡大すべきだ。

こうした支援は外交的な意義も大きい。アジアでのインフラ供与は、資金面で中国の広域経済圏構想「一帯一路」政策に押され気味だ。しかし新興国との知的連携を主導することで、日本はアジアでの存在感を持続できる。日中韓の知的連携は、紛争の予防に寄与することも付記したい。

これらの政策的支援や意識改革により、日本がアジアと持続的に共存共栄し、より豊かになることを期待したい。

2018年4月11日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2018年4月19日掲載