中国の不動産危機が深刻化している。問題の本質はどこにあり、どのような影響が予想されるのか。国際経済学者の竹森俊平氏が解説する。
銀行
一般家計の貯蓄が企業や不動産の買い手など資金需要者に流れることで経済は回転する。それゆえ一般家計と資金需要者の間に立ち、後者の「信用」を審査して貯蓄を安全な資産に誘導する銀行は経済循環の要だ。
「あの銀行が危ない」という情報が預金者のパニックを生み、銀行預金の引き出しが殺到する「取り付け」は急性の金融危機をもたらす。住宅バブル崩壊が引き金だった1997年のアジア通貨危機や2008年のリーマン・ショックでは、前者は外国投資家による資本逃避、後者は機関投資家による住宅抵当証券の購入停止という取り付けが起き、世界経済を揺るがす急性の危機を生んだ。他方で1992年の日本のバブル崩壊後には取り付けは起こらなかったが、不動産価格急落が銀行融資を焦げ付かせ、負債(主に預金)に対する資産(主に貸し出し債権)の超過額である邦銀の自己資本が減り続けた。銀行資本拡充のための資本注入策を政府が怠ったために97年、98年に体力の限界にきた主要行の破綻が相次ぐ。これで危機は遅延性から急性に転じ、長期にわたるデフレが生まれた。
氷山の一角
住宅関連の債務問題が頻発する中国では昨今デフレまで発生し、日本の経験を繰り返す可能性が論じられている。巨額融資に依存して不動産拡大を続けていた中国恒大集団は、中国政府が融資規制を強化したことで打撃を受け、2021年に一部債務不履行に追い込まれたが、本年1月ついに香港高等法院(高裁)により「清算命令」を受けた。
しかし恒大危機は氷山の一角でしかなく、根本問題は4大都市(1級都市)や地方中核都市(2級都市)を除く地方の「3級都市」に存在することを、政府債務危機の分析で名高いケネス・ロゴフ・ハーバード大教授たちの論文が明らかにする。
中国では土地は基本的に「国」が所有するが、その使用権の売却が地方政府の収入の重要な部分を占め、3級都市では21年に43%に達した。地方都市間では企業や労働力を地元に誘致し、中央政府に実績を誇示するための競争が激しいため、地方政府はインフラ(社会基盤)や集合住宅への野心的な投資計画を打ち出し、財源を土地使用権売却に求める行動を取る。こうした競争の過熱で中国の全住宅建設の7割が3級都市に集中する。
そもそも中国で住宅建設ブームが続いてきた主因は、農村から都市への人口大移動だったが、すでに3級都市では人口は減少に転じている。急拡大を続ける供給と人口減で減少に向かう需要の不均衡が、3級都市での住宅の売れ残りと価格下落をもたらすのが現在の根本問題だ。
応急処置
非効率な国有企業の上場が株式の収益率を低める中で、不動産は中国家計に欠かせない資産となり、3級都市ではとくにその傾向が強い。さらに不動産は企業にとっても、地方政府にとっても借り入れに不可欠な担保だ。そもそも本来地方政府には「債務」が認められていなかったのだが、リーマン・ショック後の中国の景気刺激策が地方政府による不動産、インフラへの投資を根幹としたために、「融資平台」と呼ばれる投資会社を通した債務が承認されるようになる。
国際通貨基金(IMF)の試算では、融資平台の債務は約1250兆円に上る。この債務の担保も不動産だ。つまり中国経済全体が不動産を担保とする信用基盤に基づいて循環する。そのため、もしも今後不動産の値下がりや売れ残りが急拡大すれば、中国の経済体制は信用基盤を失い麻痺(まひ)する。
現在の中国政府の対応は、住宅需要の拡大を狙った金融政策や不動産規制の緩和など応急処置が中心だが、万一問題が深刻化した場合、「不動産融資で打撃を受けた銀行の救済」はもちろん、次の2点の確実な実行が必要となる。〈1〉家計が代金を支払った住宅の未完成は住宅投資そのものへの不信を招くので、完成して引き渡しできるように政府が支援する。〈2〉土地売却収入激減で財政危機に陥った地方政府を救済する。
余波
恒大の「清算命令」は外国投資家の債権回収を支援するのが目的の法的処置だが、恒大の資産の9割は中国本土にあり、中国本土の政府は〈1〉の政策方針に従い、一般家計の債権を優先する見込みのために外国投資家の前途は厳しい。こうして対中国投資の危険性が外国投資家に明示されたことが、いまの日本株最高値の背景にもある。
株高のもう一つの理由は間違いなく現在の「円安」だ。日本と欧米との金利差が円安を招き、日本株は買い得になっている。バブル崩壊以降の日本のマクロ経済政策が一貫して目指してきたのはこの展開を生むことに他ならなかった。
ところが1997年から98年の主要邦銀の破綻の時期には円安でなく円高が起きている。当時の日本は、政府も、企業もドル資産を累積しており、国内で危機が起こればそれを取り崩して国内に持ち込むため、ドル売り、円買いが殺到するだろうという予測から円高が招かれたのだ。何と2011年の東日本大震災の直後にも超円高が現出した。
金融危機で国内需要が激減する非常事態に円高が起き、海外需要にすがるのさえ困難になる。低成長に陥るこの呪縛から日本がようやく逃れられたのは、近年日本の貿易赤字が定着し、ドル資産の縮小を市場が認識したからだ。
史上最高株価に相応(ふさわ)しい日本経済の実力が形成されているかは不明だが、株価のシグナルは日本経済の向かうべき正しい方向を明示する。円安で収益を膨張させ、株高を享受できるのはドル建て収入を稼げる輸出企業だ。日本国内で人口減少が進む中、これからの日本経済はますます輸出に活路を求めるべきなのだ。
2024年3月1日 読売新聞「竹森俊平の世界潮流」に掲載