新春特別コラム:2024年の日本経済を読む~日本復活の処方箋

複数のシナリオに対応できる経済体制、エネルギー体制の構築が必要

竹森 俊平
上席研究員(特任)

2023年11月に死去したヘンリー・キッシンジャーの著作にはいつも刺激を受けてきたが、特に記憶に残るのはビスマルクを評価した名高い論文(The White Revolutionary: Reflections on Bismarck on JSTOR)において、キッシンジャーがビスマルクの外交戦略の骨子を、「望み通りの展開が生まれるまでは、巧妙な外交戦術によって状況を流動的なままに維持した」と表現したことである。「待ち」の外交を推進した点にビスマルクの卓抜さがあるというのだ。

中国の「待ち」の外交

「待ち」にどんなメリットがあるのか。2つの勢力が対立する状況で、優劣がはっきりしない時に一方に加担すれば、その勢力が負けた時に自分も不利に陥る。「オプション」という金融取引があるのも「待ち」の有利性ゆえだ。現在の世界情勢で「待ち」を有利に生かしているのは中国と思える。

2023年秋にはウクライナ(西側)対ロシア間の危機に加え、イスラエル対ハマス間の危機まで発生するような深刻な事態になった。後者はイスラエル対イラン、ひいては中東全体を巻き込む戦争に発展しかねない。この2つの危機と関わる中国は基本的に「待ち」の姿勢に徹する。

ウクライナ戦争につき、中国がロシアを明確に断罪しないことを西側は批判するが、他方で中国はロシアの侵略を明確に支持するわけでもなく、多くが当初予想したようなシベリアから中国へのガス・パイプラインの建設を進めているわけでもない。2023年3月にイランとサウジアラビアの関係正常化を仲立ちした中国の協力を期待し、イスラエルとハマスの戦争勃発を受けてアラブ諸国の外相が11月20日に北京に陳情に出かけた。中国はイスラエルを緩く非難する声明を出しただけで高みの見物を貫く。

中国の政治姿勢を正当化するつもりはないが、なぜ中国が「待ち」の姿勢を貫けるかという点には興味がある。日本にも参考になると思われるからだ。「状況が確定するまで待つ」戦略の問題点は、ついに状況が動き出した時に取る行動が時機を失する危険、Too Lateになる危険があることだ。この危険を避ける一方で「待ち」のメリットを生かすためには、状況が動き出した瞬間に即時に行動できることが必要だ。そうでなければToo Lateになる。そのためには、①決断と実行が即時にできること、②どの方向に状況が動いても対応できるように、いくつもの選択肢への準備をすること、という2点を確保しなければならない。

習近平のトップダウン体制が確立している中国では①は容易だが、②についても万端の準備をしている。中国がシベリアからのガス・パイプラインについて「待ち」ができる理由を考えてみよう。中国はエネルギーについて現在でも石炭に大きく依存する。しかし原子力発電も西側先進国とは桁外れに推進している。自然エネルギーでも、太陽光パネルの世界生産の8割を中国が占め、洋上風力タービンでも世界のトップを行く。これに加えて化石燃料についても日本が手放したカタールとのLNG長期契約を結び、制裁で縛られる西側諸国を尻目にイランやロシアからの原油輸入も強力に進める。これだけの他のオプションがあれば、ロシアに弱みを握られる危険があるパイプライン建設はどうしても必要となった時にだけ踏み込めばよいことになる。

この点、現在の日本のエネルギー事情は違う。新原発を推進するべきか、それとも自然エネルギーを推進するべきかという議論が現在日本にある。しかし日本の場合、現時点ではどちらも大きく進展してはいない。だから状況に応じてどちらにでも進めるという安定した立場に現在われわれはいない。それゆえ紅海やホルムズ海峡の運航を脅かすような中東戦争の展開、イスラエルやイランの暴走には十分な注意が必要になる。

米国中心の世界と対立している中国とは異なり、米国中心の西側同盟に所属する日本には周到な準備は必要ないという議論があるかもしれない。だが、2024年以降に起こり得る展開を考えると、エネルギーに限らず、どの方向に状況が動いても対応できるような準備を日本も進めるのが得策と考える。政治の変化を考えればそれがはっきりする。

疑問があれば、ワシントンポストに掲載された著名な政治学者ロバート・ケーガンの世界的話題になっている論説に目を通すことを勧める。Opinion | Would Trump be a dictator? And can he be stopped? - The Washington Post

米大統領選後への備えを

米大統領選までに1年近くあるものの、最近の世論調査の結果は民主党政権に衝撃を与えている。民主党支持者のバイデン政権離れが深刻で、過半数が共和党候補への投票を表明しているのだ。2022年以来、米政権がウクライナ、台湾、中東などの国際問題でリーダーシップを発揮してきたことは海外では評価されているが、米国有権者にはそれが評価されず、インフレで生活が困窮する中、国際問題や他国の関心事に没頭するバイデン政権への批判が蓄積している。トランプ候補が大統領選に勝利した場合、それは彼に対する無数の法的告訴を乗り切った結果となるだろう。司法に対する自分の勝利を、完全に腐敗し、「共産主義者」に支配されている現在の米国の司法に対する勝利として誇示して、2回目のトランプ大統領は司法をまったく無視した独裁的行動を取りかねないと論説は警告する。

これはあくまでも潜在的な可能性で、そう考えていただきたいが、バイデン政権からトランプ政権へのスイッチが起こったとして、どれだけの国際環境の変化が起こり得るかを箇条書き的に並べてみる。こういう可能性について、われわれはいつも頭の中でのシミュレーションを繰り返すことが必要だと思うからだ。

  1. 以前から強い関係性のあるプーチン政権(ロシア)への経済制裁は停止し、同時にウクライナへの軍事、経済支援も停止する。(欧州が安全保障上の危機と感じてウクライナの敗北を回避したかったら、米国分を埋め合わせる軍事、経済支援をウクライナに対して行う必要がある。日本には米国と欧州のどちらの立場につくかを決める必要が生じる)
  2. 中国に対する経済制裁は、これまでのように軍事技術や先端半導体に限定されたものではなくなり、全製品を対象にした高率な関税賦課となる。中国部品を使用する第三国、友好国にも米国の保護貿易政策は及ぶ。(この結果、米国市場が重要である日本企業はサプライチェーンの維持、再組織、中国離れの課題に直面する)
  3. 極東(日本)での米軍駐留に対して米国が負担増加を求める。(日本の防衛計画にはどのような影響を及ぼすか。米軍基地への反対の高まりは起こらないか。)
  4. 米国製造業の国際競争力は政権に取り重大な関心事となり、さらに円安が進むような場合、米国は「不当な為替レート操作」に対する制裁をちらつかせる。(日銀の金融政策への拘束力はどれだけか)
  5. 米国は地球関係についてのパリ協定を再度脱退し、脱炭素化政策を完全停止する一方、米国の化石燃料産業への大型補助金を決める。(世界の自動車産業を動かしているEVへの米補助金は継続されるだろうか)

米大統領選の結果が出てから始めて行動するのでは遅すぎるのだ。どのような事態にも対応できるように、あらかじめ計画だけは練るべきで、そういう対応ができてこそ、米国に対しても日本は自分の立場を主張できる。

2023年12月22日掲載

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