政治不信 抗議デモ頻発 独仏 低成長で極右伸長

竹森 俊平
上席研究員

欧州を支える二つの大国、ドイツとフランスが揺れている。経済は振るわず、極右政党の台頭もあり、政権運営は不安定さを増す。国際経済学者の竹森俊平氏が解説する。

キーワード

昨年のドイツの経済成長率(マイナス0.3%)は先進国中で最悪。その原因に触れた社説を独紙は「病気?老衰?疲労?」と題した。三つのキーワードに従い問題を整理しよう。

「疲労」は明白だ。2022年2月のロシアのウクライナ侵略により、ドイツは西側で一番被害を受けた。戦争前、ガス供給の半分以上と大量の石油をロシアに依存していたのが、大幅削減を迫られた。一国あたりのウクライナへの総支援額でドイツは米国に次ぎ、ウクライナ難民の受け入れでは先頭に立つ。一昨年ショルツ政権が内外で称賛されたのは当然だ。

ところが2年近く経(た)っても戦争の終わりは見えず、経済の疲労が表面化している。高エネルギー価格による生産者と家計への打撃は深刻だ。難民に寛大な姿勢がウクライナに加え中東、北アフリカからの難民急増を招き、ドイツ社会に軋轢(あつれき)を生む。

これに「老衰」という長期的、構造的問題が重なる。ドイツ製造業の性格は日本に近い。モノづくりには強いがデジタルに弱く、ガソリン車に強いが電気自動車(EV)で遅れる。高いエネルギー価格、人手不足、先端軍事技術開発の必要性といった要因が、デジタルとEVへの急速な転換を要請する現状で、伝統的構造を引きずるドイツ経済は即応できる柔軟性を欠く。

経済転換を達成する能力は、その国の行政能力にも依存する。それが劣るという「病気」に対し、ドイツ国民の不満が高まっている。経済不振が政治不信を増幅するのだ。政権を構成する3党(社会民主党、緑の党、自由民主党)の得票率は21年の連邦議会選時に5割を超えていた。最近の世論調査で支持率は3分の1程度に落ち、代わって極右でナチス思想との親近性を指摘される政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の支持率が4分の1まで上昇した。

支持下落

政権与党の支持率が20%も下落した理由は二つある。

第一に、3党の政策志向が相違し、とくに脱炭素のための官民支出増を求める緑の党と歳出削減で小さな政府を目指す自由民主党との対立が激しい。

第二に、ドイツには均衡財政維持のために、政府予算の合憲性を憲法裁判所が審査する独自の仕組みがあるが、コロナ対策費の剰余金約10兆円(600億ユーロ)を環境、インフラ対策に転用しようとした予算案を裁判所が「違憲」と判定したため、政府はエネルギー価格高騰に対する補助金の削減など緊縮策を迫られた。

連立政権の無策に国民が感じる不満が1月の農民デモやドイツ鉄道の空前のストライキにつながる。他方で、難民の国外追放などの過激措置を主張する極右AfDが政府の失策に乗じ、勢力拡大したことも国民に不安を与える。

それが1月にドイツの大都市での数十万人規模の市民のAfD抗議デモを生んだ。

経済効果を無視し、法律家の視点で政府予算を違憲と判定する仕組み、反政府デモと極右政党への抗議デモの同時発生、いずれもドイツの異常な現状を反映する。しかし抗議デモは、自由で開かれた社会を脅かす極右の台頭を防ぐために、国民は個人的な政党の支持を棚上げし、AfDに打ち勝てる候補に投票すべきだという重要なメッセージの発信となった。それで1月28日に絶対の牙城、中部チューリンゲン州の地方選挙でAfD候補は敗れた。

独り相撲

ドイツと並ぶ欧州統合の柱のフランスの政治経済情勢も不安定だが、これにはマクロン大統領の「独り相撲」の側面がある。

昨年のフランスの成長率(0.9%)は欧州連合(EU)の平均成長率をわずかに超えたが、失業率は微増した。そもそも1期目のマクロン大統領は雇用政策に傾注した。フランスの高失業率の根本原因は、解雇が困難なために企業が雇用を控えることと判断し、「解雇の自由化」という国民に不人気な政策を強行したのだ。その成果が表れ、就任前に10%を超えていた失業率は7%台に低下した。

22年の大統領選にも勝利し、2期目を迎えたものの、同年の国民議会選で自ら結成した与党「再生」は過半数を割った。これでは目指す法案の議会通過が困難だから、通常なら右派の共和党など同じ志向の政党との連立を選ぶのだが、自分の政策は左にも右にも傾かないという公約を守るため、大統領は政策ごとに他政党との協力を模索する不安定な政策運営を選ぶ。

経済再生に必要なら不人気な政策でも大統領は実行する。2期目の最大の課題には、年金の受給年齢を62歳から64歳に引き上げる年金改革案を掲げた。だが、改革案が議会多数を得る見込みが立たないために強行突破に出る。内閣不信任案が提出され、可決されない限りは、議会過半数を得なくても法案を通過できる特例措置を活用したのだ。

こうして昨年3月に年金改革案は成立するが、国民の怒りが沸騰し、パリ市内を抗議デモが占拠するマクロン政権下では見慣れた光景を生む。

国民を見下したような大統領の政治手法が政権支持率低下を招く一方で、移民制限強化を訴えながら庶民の側に立つ姿勢を強調するルペン氏率いる「国民連合(RN)」の支持率は上昇した。これを危惧した大統領は、今度はRN以上に強硬な移民制限策を自ら打ち出し、主導権の回復を目指す。その結果が、与党議員4分の1の反対を生みながら、RNの支持を取り付け昨年末に通過した移民制度改革案だ。

「解雇の自由化」「年金給付年齢の引き上げ」、いずれも日本政府も取り組むべき重要課題で、断行したマクロン氏は称賛に値する。他方において、つねに国民の反発を招く大統領の強引な政策運営が、やがて改革に背を向け、欧州統合を危険にさらすような右派ポピュリズム政権の誕生を導く展開になる可能性は危惧される。

2024年2月2日 読売新聞「竹森俊平の世界潮流」に掲載

2024年2月20日掲載

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