先進国 公的債務の重し 財政持続性への懸念 高まる

竹森 俊平
上席研究員

先進各国は公的債務の水準が記録的に高く、成長率の見通しが低下するなか、財政支出の拡大を迫られている。財政の持続性に対する懸念が高まる現状について、国際経済学者の竹森俊平氏が解説する。

IMF警鐘

国際通貨基金(IMF)の「本務」は発展途上国経済の監視だが、10月末の英紙でギータ・ゴピナート筆頭副専務理事は先進国財政にも警告を発した。

新型コロナやウクライナ戦争を受け、今や感染症やエネルギー高価格による家計の打撃などあらゆる災厄への補償が政府の役割となった。防衛費、脱炭素化、先端産業補助金といった支出拡大分野が増える中、IMF試算では2030年までに先進国政府支出は国内総生産(GDP)比で7%上昇する。高インフレの下で中央銀行の公債買い入れが困難になり、社会保障制度への少子高齢化の逆風、先進国の経済成長率低下が重なる中、財政の持続性には新たな税収源が不可欠とゴピナート氏は述べ、新税収源として「炭素税」と「財産税」を挙げる。

今年8月の米国ジャクソンホール会議では著名な国際経済学者バリー・アイケングリーン教授が先進国の公的債務の対GDP比(公債残高率)は今後低下が見込めないと指摘した論文が注目された。

今後の大問題だ。巨額な債務の元本返済は無理なため公債の借り換えが必要だが、公債残高率がいくら高くても(日本の場合10月時点で米国の約2倍の266%)、低インフレ下では金融緩和を続ける中銀が借り換え相当の公債を市場で買い、受け取り利子を国に納付すれば財政は痛まない。だが高インフレでは中銀は公債購入を止めるので、民間に買ってもらうための金利負担が生じる。公債残高率が高まれば、これが急増し財政が逼迫(ひっぱく)するのだ。

2つの要因

この論文は公債残高率が増減する要因を二つに整理する。

第一は「基礎的財政収支」、政府収入が政府支出を上回り黒字になれば公債残高率は減少する。

第二は「名目金利と名目GDP成長率の差(金利・成長率要因)」に影響される部分、これはこう説明できる。本年、公債残高とGDPがともに100(兆円)で公債残高率が1としよう。もし来年にかけ名目GDPが4%成長し、名目金利が3%なら、来年の公債残高は金利負担を加え103になる一方、GDPは104になるので公債残高率は1を切る。

つまり名目GDP成長率が金利を上回る分に比例して公債残高率は低下する。「名目GDP成長率」は「実質GDP成長率」と「インフレ率」の合計だが、高インフレがあらかじめ予想された場合、名目GDPと同時に名目金利を引き上げる傾向がある。それゆえ金利・成長率要因に有利に働くのは「予期せぬ高インフレ」だけだ。

英国の事例

論文は第1次世界大戦前と第2次世界大戦後に分け、公債残高率が高い国がいかにそれを低下させたかを分析する。たとえば英国の場合、過去200年で2回公債残高率が200%前後になる経験をした。いずれも戦争が原因で、フランスとの長期の戦争を経験した1820年代初頭(第1期)と第2次大戦直後(第2期)がそれだ。2回とも公債残高率の大幅減少に成功したが、その要因は異なる。

第1期(1822〜1913年)は約90年で英国の公債残高率は194%から28%まで166ポイント減少した。そのすべての要因が累積180%に及ぶ基礎的財政収支黒字だ。何と英国は1世紀にわたり平均1.6%の基礎的財政収支黒字を維持した。

他方この時期は平均成長率(2%)を金利(3〜4%)が上回り、公債残高率を増加させる要因となった。

背景にあったのは健全財政(小さな政府)を信奉する経済思想だ。次に欧州で戦争が起きた場合、戦費をファイナンスできる十分な信用が英国債にあるかが勝敗の分け目という認識が政治家に共有されていたのだ。選挙権が国債保有者でもある富裕層に限られ、すべての政党が英国債の信用を最優先していたという現在とは異なる政治事情も働いた。

次に第2次大戦後の第2期(1945〜75年)に、10ポイント以上の公債残高率減少に成功した英国を含めた先進国の事例を分析すると、加重平均で86ポイントの残高率減少のほとんどが「金利・成長率要因」による減少(80%)と判明する。この時期の先進国の成長率は貿易自由化、先端技術の国際的伝播(でんぱ)、復興努力などが重なり、平均4.5%という未曽有の記録を達成した。

他方で、日本が1946年に経験した小売価格上昇率が700%を超えるといった「予期せぬ高インフレ」も、公的債務残高率の減少に大きく貢献した。

歳出膨張

この二つの時期に比肩する公債残高率の減少が現在可能かは疑問だ。第1期のように基礎的財政収支黒字を長期に継続することは政治的に困難。今や投票権は国債を保有する富裕層だけでなく、公的支援を必要とする一般国民に広がり、歳出拡大への政治圧力は強い。

他方で、第2期のように4.5%といった高度成長に期待するのも困難だ。中央銀行の金融緩和によって金利をゼロ近辺に固定し、「金利・成長率要因」を梃子(てこ)にするリーマン・ショック以来先進国が実施してきた秘策も、インフレ下では実行し難い。政治対立が激化し、与党が政権維持のためのバラマキをする誘因が強まる中で、政府歳出は今後とも膨張が予想され、先進国の公債残高率の減少は見込めないという議論で論文は閉じる。

公債残高率が高止まりする以上、英中央銀行が利上げを進める中で唐突に減税に言及してポンド暴落を生み、わずか45日で英トラス前首相が辞意を表明したような事故は今後も頻発しかねない。

ここ1か月の日本の政治展開は財政持続性への日本国民の強い関心を明らかにした。経済政策方針はこの貴重な国民意識から出発するべきではないか。

2023年11月3日 読売新聞「竹森俊平の世界潮流」に掲載

2023年11月13日掲載

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