半導体 深まる世界の分断 産業政策 地政学上の対立

竹森 俊平
上席研究員

原油を超える「世界最重要資源」になった半導体を巡って、国家間の競争が激しさを増している。産業政策上の課題は何か。国際経済学者の竹森俊平氏が解説する。

台湾で9割

現在西側主要国では半導体は産業政策の要で、地政学上の重要性も認識されている。米国は安全保障措置として「チップス・科学法」により国内生産を支援し、中国に対するAI(人工知能)用半導体の製品、技術の輸出を禁止した。現在は中国の台湾への軍事侵攻への懸念が遠方の欧州でも高まっているが、最先端半導体生産の9割を占める台湾積体電路製造(TSMC)の生産拠点が台湾にあるためだ。

半導体の基礎技術開発と初期の生産は戦後米国で始まった。日本はこれに追いつき1980年代前半には世界の半導体生産をリードする。ワープロの時代の当時の半導体需要はメモリー用(DRAM)が中心で、日本企業に押された米国は日本への政治圧力を強め、86年に日米半導体協定がまとめられる。

他方で日本の圧力は、インテルがDRAMを撤退し、演算用半導体(MPU)に転換したような米企業の前進を促す。90年代初めのPCブーム到来で、DRAMに固執していた日本企業はMPUに移行した米企業に遅れ、93年に日米半導体シェアが逆転する。

TSMCは87年に台湾に設立された。創業者の張忠謀(モリス・チャン)氏は半導体の用途が将来大幅に拡大すると予想した。となると用途ごとに半導体の設計は変わるが、その一つ一つに合わせた製造装置を設けるのは非効率だから、半導体のあらゆる設計に対応できる製造(ファブ)に特化した会社を作り、広範な需要を取り込めば規模の経済が生きると氏は計算する。PC、スマートフォンのブームで計算が的中した。

半導体を搭載した製品の高性能化には、半導体を微細化し、一つのチップにより多く積載する必要があるが、露光技術の進歩がそれを可能にした。この分野でも80年代にはニコンやキヤノンなど日本企業がトップだったが、84年に設立されたASMLが全欧州の技術力を結集したために次第に劣勢となり、同社が長年研究投資を続けた極端紫外線(EUV)露光装置が2018年に実用化すると、最先端半導体用露光装置の市場を完全に奪われた。

時価総額

現在の半導体の業界地図は時価総額の比較から窺(うかが)える。

PC分野でウィンドウズとの唯一互換製品だった「x86」を長年支配したインテルは、製造部門復活を目指す事業転換がうまくいかず、製造をTSMCに依存するライバルのAMDに時価総額で抜かれた。

これに対して露光装置と製造のトップ企業、ASMLとTSMCの時価総額は高く、特殊な分野にもかかわらずASMLの時価総額はトヨタ自動車にほぼ等しい。しかし現在市場の関心はAI関連半導体に集中しており、エヌビディアの時価総額は1兆ドル(約150兆円)を超えた。

93年に設立された同社は、ゲームやビデオなどの画像用半導体(GPU)が専門だが、画像の膨大なドット(ピクセル)を瞬時に処理するGPU技術は、大量データの読み込みが必要なAIに好適なために、追い風に乗る。株式がこれだけ高評価されれば、借り入れを加えた同社の資金力は群を抜き、今後のAI革命の行方を左右する。

デカップリング

米政府がASMLの先端半導体用露光装置の対中輸出禁止を意図することを考えれば、先端半導体そのものの対中輸出も規制されて不思議ではない。ところがスマホを例に取ると、長年米国のブラックリストに載る華為技術(ファーウェイ)を例外として、中国の大手メーカーやiPhone(アイフォーン)の大部分を中国で生産する米アップルへの規制は存在しない。全世界のスマホの7割を生産し、世界需要トップの中国スマホ産業を米国のデカップリング戦略の標的にすれば、アップルの凋落(ちょうらく)や市場からのスマホ消滅を生み、経済費用が莫大(ばくだい)だ。スマホが米中経済分断の歯止めなのだ。

むしろデカップリングをちらつかせるのは中国だ。EUVの1世代前の割高な技術を使って、ファーウェイが回路線幅7ナノ・メートルの超微細半導体搭載の5Gスマホを8月に発売したことがその兆候だ。1世代遅れでグーグルのアプリが使えないファーウェイ機ではiPhoneへの対抗が困難と考えたのか、中国は公務員のiPhone使用禁止令を広げている。西側の力を借りず、独自に先端半導体を推進できる力を誇示するためだ。

「生態系」

中国とは正反対に、現在日本では西側企業との協力が進行する。TSMCは熊本に工場を建設中で、3Dや積層型半導体の研究開発がTSMCやサムソン電子との間で進む。政府は超微細(2ナノ)半導体の独自生産も進めるつもりのようだが、理由を明確にするべきだ。安保条約を結ぶ米国に超微細半導体の生産拠点が確立するなら安全保障は理由として弱い。注意が必要なのは、この事業の推進に必要なのは「技術力」だけではない点だ。「需要をいかに取り込むか」がさらに重要だ。

TSMCは1年に3兆円以上投資をする。投資額がこれだけ巨大だと企業経費の大半が減価償却(設備更新のための資金積み立て)だ。毎年3兆円設備更新するなら、それを賄うのに年間粗利益が3兆円は必要となるが、TSMCのビジネスモデルではそれが可能だ。半導体の設計者が競ってTSMCに製造工程を依頼する「生態系」が存在するために、大量生産→巨額投資の好循環が継続するのだ。

日本で同じことをするにも「生態系」の確立が不可欠だ。たとえば日本では自動車用の半導体需要が大きいが、普通の自動車にナノ半導体は要らない。しかし自動運転車には要る。となれば自動運転の普及とナノ半導体への設備投資が同時に進む生態系を生みだすことこそが産業政策の課題になる。

2023年10月6日 読売新聞「竹森俊平の世界潮流」に掲載

2023年10月17日掲載

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