揺れる国際金融システム 欧州、危機時の預金保護に懸念

竹森 俊平
上席研究員

3月に米シリコンバレーバンク(SVB)とスイスのクレディ・スイス・グループの経営危機が同時に発生したが、大口預金が多いこと以外には両行の類似点は少ない。今回の対応により米欧の金融システム対策の課題が浮上した。

預金への取り付けが生じた際の標準的手段は「最後の貸し手」である中央銀行による緊急融資だが、その対象は破綻リスクのない銀行に限られる。しかし取り付けが起きやすいのは、銀行が資産運用に失敗して負債(預金、銀行債)の返済が困難になるまさに破綻リスクが顕在化する局面だ。

一部の銀行の問題がシステム全体の危機に発展する可能性を配慮し、銀行が破綻しても預金は安全にする方策として米国は1934年に預金保険制度を導入した。これ以降取り付けも銀行危機もまれな状態が続いたが、2008年にリーマン・ショックが起きる。

家計貯蓄が投資信託に向かうなか、それを管理する金融機関は投資銀行との債券貸借(レポ)取引などを流動資産の保管場所とした。短期資金を調達した投資銀行は住宅ローンなどが根源の長期の仕組み債で運用する。07年以降、住宅ローン不履行の急増に伴い仕組み債の評価が低下すると、金融機関はレポの対象債券の評価額も引き下げ投資銀行への貸出額を減らした。この「ヘアカット」は銀行預金取り付けと同じ効果を持った。レポ取引には保険がなく米大手投資銀行全体が存亡の危機に立たされる。

資産運用の失敗に預金保険の死角が重なった点は共通するが、証券化など21世紀型要因によるリーマン・ショックと違い、23年3月のSVB破綻は新しい要因が不在の19世紀型危機だ。

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SVBには法人から25万ドルの預金保険上限を超える大口預金が殺到し、それを長期国債で運用した。だが利上げで長期国債の時価は低下する。時価が下がっても証券を満期保有目的にすれば損失計上を免れるが、預金取り付けが起きれば銀行は証券を売却せざるを得ず、その際に含み損は現実の損失に転換する。

3月の段階で米銀全体に2.2兆ドルの含み損が生じ、米国の1割以上の銀行はSVB以上の含み損を被った。だがSVBの場合、預金の9割以上が保険上限を超えた大口のため、取り付けが殺到して破綻した。

同様の問題を抱える銀行の破綻はあったが、システム全体への危機は防がれている。SVBの全預金を預金保険対象に即決した政策効果によるものだろう。米地銀間ではスワップ取引を用いて全預金を預金保険対象内に収める動きが進む。全預金を保険対象にすべきだという政策論議も盛んだが、1980年代の貯蓄金融機関(S&L)型危機の再発防止という課題がある。

80年代初頭の米国で短期金利が大幅に引き上げられた際、預金を住宅ローンなど固定資産に回していたS&Lは、投資信託に流れる家計貯蓄を引き留めるため預金金利を引き上げた。他方、住宅ローンの長期貸出金利は決まっているため、預金金利が貸出金利を上回る逆ザヤが生じ、S&Lは経営危機を迎える。ここで一発逆転を狙い危険なデリバティブ(金融派生商品)投機に乗り出したものの失敗し、損失は一層膨らんだ。

この問題では預金保険の弊害が出た。大幅な預金金利上げやデリバティブ投機に家計は不信を抱いたはずだが、預金が保証されているため行動しなかった。保険対象外の大口預金があったなら、その引き出しが銀行に警告を与えたはずだ。

今回のSVB問題では保有証券の含み損と大口預金が結び付く危険について米国の監督は不十分だった。預金保険の適用拡大で危機を抑えたのだ。S&L危機を教訓に、今後は中小を含めた銀行の監督体制を大幅に強化する必要がある。

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米国と同時に銀行危機を迎えた欧州では、リーマン危機の余波の欧州金融危機をきっかけに銀行監督体制は大幅に強化された。司令塔を欧州中央銀行(ECB)に統一したユーロ圏では今回問題が具体化していない。他方でクレディ・スイスが、スイス政府の監督下で破綻回避のためにUBSに買収された事件はユーロ圏にも衝撃を与えた。

リーマン危機後にバーゼル銀行監督委員会で進められた銀行改革は、金融システムに影響力を持つ銀行に焦点を当てながら、「ベイルアウト(第三者による救済)」でなく「ベイルイン(当事者による救済)」により銀行危機を解決する仕組みを模索した。リーマン危機時のベイルアウトは庶民の税金で金持ちを救済する措置として政治的に不人気で、ポピュリズム政治が台頭する原因にもなった。

加えて欧州には切迫した事情があった。金融危機以前には、欧州連合(EU)の経済圏内では小国の銀行でも全域にわたる活動を展開して問題ないと考えられていた。ところが事業を広げた銀行がユーロ危機で打撃を受け、ベイルアウト能力が国の経済規模に依存する自明の論理が露呈する。

銀行資産が国内総生産(GDP)の8.5倍のアイルランドは、銀行危機が生じると全預金保証を宣言したためたちまち財政危機に陥る。同時に銀行が取り付けへの対応に保有自国債を売却したので国債金利は一層上昇する。ベイルインの確立で財政と銀行のこうした危機連動の再発防止が可能と欧州は考えたのだ。

その具体的方法として、中核的自己資本(Tier1)の拡充に加え、これと預金の間にも劣後債やCoCo債(偶発転換社債)の分厚い防御壁を設けて、銀行の経営危機には防御壁で損失を吸収し、ベイルアウトなしで預金が安全になる仕組みが提案された。クレディ・スイスの救済合併の際に、株式の前に無価値にされた「AT1債」は、この目的でスイスの金融当局が発案したCoCo債だ。

今回のスイスの対応は欧州に2つの衝撃を与えた。第1は同行の経営問題はかねて指摘されていたが、なぜこのタイミングで政府・中銀による緊急対応が必要になったかが不明な点だ。第2は急展開を受けルールに基づかない処理がされたことだ。AT1債無価値化はTier1が7%以下になった時に行われる約定に従わずスイス当局の独断でなされる一方、UBSの買収資産の損失への公的補償というベイルアウト措置が唐突に盛り込まれた。この事件でユーロ圏の金融当局も、銀行危機がベイルインルールに従い処理できるという幻想から覚まされた。

監督は不十分だが預金を保証する財源は十分ある米国と反対に、銀行の監督は十分だが、預金保護にベイルアウトが必要な場合に財源も政治意思も不十分なのが欧州だ。特に小国、中でもGDPの5倍超の銀行資産を抱えるスイスなどは、銀行資産が毀損した場合の脆弱さを抱える(図参照)。

図:主要国の銀行総資産のGDP比率

ユーロ圏でも域内共通預金保険制度が議論されたが政治意思の欠如から実現していない。欧州で深刻な銀行危機が起きた場合、大銀行経営者と中心政治家が緊急会合を開き大型ベイルアウト策をまとめる以外に解決法があるかは不確かだ。

2023年6月14日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2023年6月16日掲載

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