米の内向き 揺らぐ秩序 生産回帰 同盟国と利害衝突

竹森 俊平
上席研究員

米国が製造業の国内生産への回帰を後押しし、欧州から不満の声があがる。世界の政治・経済体制への影響を、国際経済学者の竹森俊平氏が解説する。

仏大統領の発言

4月初めの北京での中仏首脳会談後、マクロン仏大統領はインタビューで台湾問題についてこう発言した。

「欧州にとって最大のリスクは、自分たちのものでない危機に巻き込まれることだ。それによってわれわれ独自の戦略が構築できなくなる」

中国とロシアの行動に連携が見られ、ウクライナ戦が山場を迎える中で、西側の足並みを乱すような仏大統領の発言は内外で強い批判を受けた。この発言を受け今月の先進7か国首脳会議(G7サミット)でも、西側の結束を強く打ち出す声明が出されるだろう。他方でマクロン氏は過去にも同様な発言を繰り返しており、これは単なる「失言」ではない。西側の結束への障害を根本から解消するために、そもそも仏大統領がなぜこういう発言をしたのかも検討するべきだ。

仏大統領が欧州独自の戦略の必要性を強調するのは、台湾問題で強硬姿勢を示す中国にどう向き合うかにつき、欧州と米国の利害の計算が異なると認識するからだ。中国が台湾制圧に出た場合の経済的影響は大きく、欧州への打撃は米国に劣らない。民間の研究所による試算では、中国が台湾を海上封鎖した場合、先端半導体の供給が停止するなどの大問題が生じ、経済被害は直接的なものだけで2兆ドル(270兆円)を超える。台湾を巡る軍事衝突を絶対防ぐべき点で米欧の利害は完全に一致するはずだ。

中国の軍事行動を抑制するため、米国はすでに経済制裁を進めている。米中の技術力の格差をさらに広げることで、中国の軍事力を劣位化させるのを狙った産業政策がそれだ。先端半導体については、中国への製品や技術の「輸出規制措置」に加え、北米での生産に補助金を与える一方で、補助金を受け取った企業に中国での生産を禁じる「半導体法案」を決めた。中国と競合関係にある電気自動車(EV)などについては、北米での生産に巨額の税優遇を認める「インフレ抑制法」を定めている。

これらの産業政策については他の同盟国との利害の不一致があり得る。米産業政策の目的を(A)「中国の技術水準を米国より一段低いものにとどめる」(B)「補助金により先端産業の北米への回帰を目指す」の二つに分けて評価すると、このことがよくわかる。

最大100万円

Aの目的の規制の具体案については、〈1〉先端技術のみに規制対象を絞る〈2〉中国産業全体の衰退を狙った幅広い規制をする——という二つの方針の対立が米政府内に存在する。最近の講演でイエレン米財務長官は、米国は軍事に直結する先端技術のみを規制するべきで、中国産業の衰退を目指せば、世界経済に破壊的被害が生じると警告した。中国との軍事衝突もやむなしという悲観論が強まっている現在の米国の政治状況では少数意見と見られるが、軍事衝突はもちろん、中国産業の衰退も望まない欧州は、イエレン発言を歓迎している。

Bの「補助金政策による先端産業の北米回帰」については、すでに他の西側同盟国と利害の衝突が生じている。米国が決めた1台当たり最大100万円というEVの税額控除適用には厳しいローカルコンテンツ規制が条件とされた結果、北米で組み立てられた製品だけに税優遇が適用されることになった。

昨年来、日本、欧州、韓国の政府は、米メーカーを過度に優遇し、自国自動車産業に大打撃となる措置としてその見直しを求めており、とくにマクロン氏は「西側の分裂をもたらす」とまで踏み込んでこの措置を批判している。

批判を受け、バイデン米大統領は見直しに応じる考えを示していたが、自国産業を支援したい米連邦議会が見直しに大反対したため、財務省の発表した新たな指針も北米以外で生産された輸入車への税優遇適用を認めなかった。今後日欧韓のメーカーは、世界最大の米国自動車市場での米メーカーとの競争で最大100万円のハンデにさらされるか、さもなければ北米での現地生産に切り替えるかの苦渋の選択を迫られることになる。

対アジア

今回の米国の措置を、自由貿易体制を脅かし、米国の産業構造を歪(ゆが)めるものとする経済的視点での批判は数多い。軍事安全保障の視点からも、アジアの同盟国にとりこの措置から得られるものはない。米国がアジアのサプライチェーン(供給網)のうち、米国経済に必要なものを補助金によって北米生産に切り替えさせたとしよう。そうなればアジアのサプライチェーンの経済的意味は米国にとって乏しくなるため、米国がアジアを軍事防衛する必要性も薄れる。これではまるで「米国はアジアを放棄する」というシグナルを中国に送るようなもので、アジア地域の軍事的危険度は高まる。

バイデン政権には、次期大統領選でのトランプ氏の勝利を防ぐために米国独り勝ちを目指す政策が当面は必要という言い訳があるかもしれない。しかし、米国が大統領選のために無原則な行動を取るようならば、米国中心の秩序そのものが危うくなりかねない。

4月の米韓首脳会談で、米国は北朝鮮の韓国への核攻撃に核で報復することを約束した。

かつての米韓首脳会談は北朝鮮の核廃棄を中心議題にしたが、北朝鮮の核ミサイルが確認困難な本数に増え、核廃棄を進める枠組みである6か国協議にロシア、中国を呼び出すことが今や「不都合」になったため、今回核廃棄はテーマにすらならなかった。

その代わりに米国が核報復を約束した背景には、さもなければ韓国が独自に核配備を進める可能性が高かったという事情がある。米国の「約束」が真実味を持つためには、米国の政策に同盟国の信頼を得られるような正当性が必要だ。それが無理なら独自の戦略が必要と考える同盟国はフランスだけにとどまらなくなり、世界体制はさらに混迷する。

2023年5月5日 読売新聞「竹森俊平の世界潮流」に掲載

2023年5月16日掲載

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