利上げ「貸し渋り」リスクも 米銀経営破綻の教訓

竹森 俊平
上席研究員

米国で中堅銀行が経営破綻した。インフレ(物価上昇)を抑制するための利上げが打撃となった。そこから何を読み取るべきか、国際経済学者の竹森俊平氏が解説する。

SVB

高インフレに直面し昨年来利上げを進めてきた米欧の中央銀行だが、その副作用で銀行が破綻する問題が発生し、一層困難な選択を迫られている。シリコンバレー銀行(SVB)の事例は、米国で過去2番目に大きな銀行破綻だった。

金利と債券価格には一方の上昇が他方の下落を生む関係がある。額面金額100万円で、毎年1万円のクーポンが受け取れ、満期に元本100万円が戻る、表面利率1%の債券があったとする。その債券を満期前に流通市場で売るといくらの時価になるかは、他の投資機会から得られる金利の水準に依存する。低金利時には表面利率1%は好条件で、債券時価は高くなるが、高金利時には表面利率1%は悪条件で、時価は低くなる。つまり金利の上昇は債券時価を下落させる。

多くの米IT企業がSVBに預金し、SVBは預金を長期国債等の資産で運用していたが、利上げの影響でSVBの資産の時価が激減すると、IT企業が不安を感じて預金を他の銀行に移し変える取り付けが起きたのでSVBは破綻した。

二つの点が特筆される。第一に、現金化の困難な「貸し出し」などに銀行の運用が集中した場合、預金引き出しの急増による現金の支払いに応じられない。SVBは現金化が容易な債券で運用していたが、資産の時価が減少して負債(預金)を下回り、預金が支払えなかった。第二に、先進国には預金を保証する「預金保険」という備えがあるが、本来個人預金の保護のための仕組みで、保証額に上限がある。SVBの場合、大口の企業預金が中心のため保証額の上限を超え、仕組みが働かなかった。

SVB破綻後、米財務省は全銀行預金の保証を急きょ決定したが、それでも「貸し渋り」という別の問題が残る。オンラインで預金があっという間に移動できる今日、債券価格下落による差損で経営不安が噂(うわさ)される銀行には預金引き出しが殺到する。銀行側はこれを恐れて、貸し出しのような現金化困難な資産の代わりに現金を持とうとする。日本も、山一証券などの倒産が続いた翌年の1998年には、株価暴落で銀行は巨大な含み損を抱え、貸し渋りが深刻になり、デフレが本格化した。

米国の直近のインフレ率は依然高く、利上げ継続が必要だが、利上げが貸し渋りを激増させれば一転デフレに陥る危険もある。現在、国際業務を行う主要行には保有債券の差損を損失として報告する国際ルールがあり、米大手行は利上げによる打撃に十分備えた資産運用をしている。他方、地銀の規制は緩やかで、債券の差損を報告する義務もなく、大口預金の取り付けがなければSVBの問題も表面に出なかっただろう。米地銀にはSVBのような資産運用が多く、今後一体、どれだけの貸し渋りが生じるかは専門家でも見通せない。

黒田体制

日本における深刻な貸し渋りを発生させた山一危機の経験が、明日退任する日本銀行の黒田東彦(はるひこ)総裁の政策構想の原点だったではないか。当時起きたような株価急落による金融機関の含み損の膨張を予防するために、金融緩和で資産の時価を押し上げ、貸し出しと投資の拡大を生むことが黒田政策の軸で、とくに株価が鍵だったと思われる。

黒田総裁就任前の12年11月頃、米国はリーマン危機後の金融システム補強のために異例の金融緩和を継続し資金を潤沢にしていたが、日銀がこれに追随しなかったため、資金需給がタイトな日本に米国からの円買い資金が流れ込み、為替レートは1ドル=80円台の超円高をつけた。それが物価を押し下げインフレ率はマイナス0.1%、日経平均は9000円前後と低迷した。黒田時代の幕切れに近い23年3月には、為替レートは130円台、インフレ率(2月)は3%台、日経平均は3倍の2万8000円台をつけている。

金融緩和が導く円安は、ドル収入の円建て評価を増幅させ、企業収益と株価を押し上げる。この仕組みが徹底して生かされ、資産の時価は上昇したが、貸し出しと投資の拡大という最終的な目標の達成は低インフレに阻まれてきた。低インフレに甘え、企業、家計は投資する代わりに現金を貯(た)め込んだのだ。

インフレ

直近インフレ率はついに2%を超えたが、これには金融政策以外の二つの要因も働いた。第一に、女性と高齢者の雇用拡大が頭打ちになり、失業率が2.4%(1月)に下がって人手不足が深刻化した。第二に、石油価格が70〜80ドルの高値に達した。

「人手不足」も「高石油価格」も経済成長への重大な逆風だ。しかし、ついにインフレ継続の循環が生まれたことで、日本経済はより創造的な局面を迎える。

第一に、現金価値がインフレで目減りするため、家計も企業も、現金の貯め込みから投資に転換する。企業が人手不足に対応した省力化投資を進めるきっかけとなることが特に好都合だ。第二に、賃上げの負担を値上げに転嫁できるブランド力がある製品を持つ企業と、そうでない企業の格差が広がり、能力差による選別が進む。

財政でも変化が起こる。直近の国際通貨基金(IMF)のリポートは、先進国におけるインフレが、税収拡大等を通じて財政を改善すると指摘する。1%のインフレ率上昇が、公債残高の対GDP比を0.9%下げるという試算だ。

10年物国債を標的にした現在の特殊な政策は変更されるかもしれないが、それでも2%インフレ定着を目指し、金融緩和は当面続くだろう。しかし2%目標の達成後は、それを超えるインフレに対して利上げが必要だ。日本にも長期国債を多く保有する地銀があるが、利上げで差損が出ても、SVBのような大口預金の取り付けは考えられず、経営危機には発展しにくい。利上げをすれば国債費は増えるが、インフレが萌芽(ほうが)のうちに迅速に利上げをした方が小幅で済み、経済の軟着陸が見えてくる。

2023年4月7日 読売新聞「竹森俊平の世界潮流」に掲載

2023年5月16日掲載

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