税制を考える 基礎年金を全額税負担に

公的年金は全国民を対象に定額支給する方式に改め、その財源として保険料負担を廃止する一方、税率15%の累進消費税(生活必需品は低税率)の導入を検討すべきである。国民の老後生活への不安を除去できるうえ、労働供給や貯蓄率が向上し、日本経済の活性化にもつながる。

すべての国民の老後不安を除去

本紙1999年5月11日付の経済教室欄で、筆者は「公的年金の財源、保険料方式から累進消費税方式に転換を」と提言した。6年前に発表した当時、この主張はほとんど無視されたが、現在ではかなりの支持がみられるようになった。実際、先の衆院選挙では複数の政党が、基礎年金あるいは「最低保障年金」の財源を全額税負担とすること(税の種類は政党によって異なるが)を主張した。本稿では6年前の提言をさらに具体化し、なぜこの政策が日本経済にとって望ましいかを明らかにしたい。

まず最初に具体的な提言をまとめておこう。

(1)公的年金はすべての国民を対象にして、一階部分の基礎年金(あるいは最低保障年金)を夫婦2人で月額17万円(単身者は9万円)の定額支給とする。
(2)現在の2階建て部分は、積み立て方式に改めるとともに民営化する。
(3)平均税率15%の累進消費税を導入する一方、基礎年金給付の財源を全額税負担とし、消費税収を差の財源に充てる。
(4)この累進消費税は当初は年金目的税でかまわないが、一般税収化が望ましい。
(5)究極的には、付加価値に課税する消費税よりも、支出に課税する支出税の方が税源として望ましい。
(6)現在ある厚生年金の積立金約140兆円は、その全額を保険加入者がこれまでに支払った保険料に応じて還元する。

これらの提言に関して、なぜ望ましいかを具体的に述べてみよう。

まず(1)によって、引退した日本人の誰もが貧困に陥らず、安心して老後生活を送れる額を設定し、これを支給する制度を確立する。月額17万円という額は、高齢者の生活実態を詳しく検討した結果、決して豊かな生活水準ではないが最低生活を保障できる額である。すべての人が安心して生活できる年金給付が保障されるので、国民の老後不安を取り除くことができる。なお、高額所得者については、ミーンズ・テスト(所得・資産の調査)によって給付額を減額してもよい。

(2)に関しては、月額17万円では不十分だと思う人は、民営化された積み立て部分に頼る方法が残されているし、自己の貯蓄に頼ってもよい。

(3)の平均15%という高率の累進消費税の導入は、基礎年金給付額の3分の1強が税負担となっている現制度(税負担は現在、従来の3分の1から2分の1に向けて引き上げの途中)を、全額税負担にするための策である。全額税負担とする案に対しては、生活保護費の支給と同じことになるので望ましくないとする反対論が根強い。

公共財支出なら税負担に正当性

しかし、高齢者の基礎年金部分への支出を小中学生の義務教育費のような公共財支出とみなせば、税負担とすることに正当性はあると考える。義務教育費は公共財なので、税収を充てることに誰も反対しない。高齢者の最低生活保障分を公共財とみなせば、同じことが言える。

これに加えて、消費税方式のメリットをいくつか強調しておこう。第1に、現在の国民年金には4割近くの未納があるほか、厚生年金は事業所ベースで約2割が未加入となっており、日本の公的年金制度は徴収側からみると既に崩壊している。ここは徴収能力の高い消費税に期待して、公的年金制度を再建する必要がある。

第2に、徴収コストの比較をすれば、1万円の徴収に必要な経費は国税庁で178円なのに対して、社会保険庁は317円である。保険料方式から税方式に転換することによって、大幅な効率化が期待できる。社会保険庁の数々の不祥事や無駄使いも、国税庁との統合が望ましいことを示唆している。

第3に、厚生年金の第三号被保険者(自らは保険料を負担していない専業主婦)をどう扱うかは、大きな問題であるが、筆者の案では働いているか働いていないかは不問となるので、この問題も一挙に解決する。それだけでなく、保険料負担・徴収に関する問題はすべて解消され、深刻な未納問題もなくなる。

第4に、少子・高齢化時代を迎え、年金の給付と負担に関して、世代間格差が深刻になっているが、筆者の案ではすべての人に一定額の年金給付を保障するので、世代間格差の問題も消滅する。

労働と資本の効率性高める

第5に、消費税を財源として用いれば、日本経済の活性化、すなわち経済効率を高めることに寄与することを強調しておこう。筆者は3つの学術論文において、基礎年金を全額消費税で賄う制度が、保険料方式や所得税で賄う方式よりも、経済成長率が高まることを具体的なシミュレーションによって明らかにしている。換言すれば、少子高齢化や先進国病で悩んでいる日本経済を、低成長から高成長経済に転換できる可能性を秘めているのが、基礎年金財源の全額消費税化なのである。

その根拠はいろいろある。まず保険料方式であれば、負担するのは現役で働いている人だけなので、どうしても保険料が高くならざるをえないが、消費税は国民全員が広く浅く負担する制度なので、労働供給や貯蓄率への悪影響がはるかに小さくなる。

保険料負担が軽減されることで人件費が低下し、企業の採用意欲が高まる一方、勤労意欲も向上するため、労働供給の増加につながり、労働力の側面から経済成長率を高めることになる。貯蓄に関しては、現役世代の負担が減るため、貯蓄率を引き上げて資本蓄積が促進されることとなり、資本の側面からも経済成長率を高めることになる。これら労働と資本の双方から日本経済の効率性を高める、すなわち経済成長率を高める効果のあることを3つのモデルで証明している。

消費税率15%という数字は、日本経済に即して月額17万円の基礎年金支給額に必要な額として計算したもので、数字上の裏付けもあると言ってよい。多くの欧州諸国の消費税率が20%前後であることを考慮すると、驚くほど高い税率ではない。

第6に、全額消費税による負担方式は企業と家計に影響を与える。企業にとっては、年金保険料負担が軽減され、あるいはゼロになるため、その分を投資に回すことができる。これも企業の活性化、すなわち経済効率に寄与することとなる。

家計に関していえば、消費税率15%というのは負担が重すぎるのではないか、という危惧はありえよう。しかし、重要なのは年金の保険料負担がなくなっていることである。これは負担の軽減に役立つことを強調しておきたい。

さらに、筆者のいう累進消費税は、食料品、教育関連、医療関連といった生活必需品については非課税を原則とし、財のぜいたく度によって税率を変えるので、消費税のもつ逆進性の欠陥は縮小されることを付記しておこう。家計への負担を抑制するための方策が累進消費税なのである。

(4)に関しては、福祉目的税であれば国民の支持を得られやすく、導入しやすいと考えた。しかし本来、どの税であっても目的税は好ましいものではなく、長期的には一般税化が望ましい。

(5)の支出税は、家計の支出額(所得マイナス貯蓄)を課税ベースとするもので、消費税よりも資源配分上のゆがみが少なく優れている。徴税技術的な問題から現在採用している国はないが、将来的には日本でも導入が検討される可能性もあるので、今後の検討課題として提言している。

(6)の積立金取り崩しは、現在すでに引退している人、あるいは引退に近づいている人にとって、筆者の改革案は年金給付額の削減につながるので、それを補償するための手段である。積立金はゼロにしてもよい。

以上が崩壊しつつある日本の年金制度の抜本的改革案である。詳細は拙著『消費税15%による年金改革』(東洋経済新報社)を参照されたい。この本は20代の若者との合同作品なので、若者からの主張でもあることを付言しておこう。

2005年10月20日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2005年11月2日掲載

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