経済を見る眼 インフレで財政は健全化するのか

佐藤 主光
ファカルティフェロー

日本銀行によると、消費者物価(生鮮食品を除く)の前年度比上昇率は2024年度に2%台後半となった後、25〜26年度は2%程度で推移する見通しだ。

こうしたインフレは国家財政を好転させるかもしれない。国・地方を合わせた債務残高は1200兆円を超えるものの、物価が上昇すれば名目GDP(国内総生産)も増加するため、対GDP比でみた債務残高が抑えられるからだ。

インフレがもたらす財政への影響

内閣府の試算によると、国・地方の債務残高の対GDP比は22年度には211.8%となったものの24年度は206.1%と低下に転じるという。この変化は金利と名目成長率との差、そして基礎的財政収支(プライマリーバランス)によって生じる。

仮にインフレで名目成長率が高まり、金利がこれを下回る水準にとどまれば、債務残高の対GDP比は低下する。

インフレによって所得税など税収も増加する。国の税収は70兆円を超えるなど過去最高を更新してきた。他方、年金などを除くと政府の支出は必ずしも物価と連動しているわけではない。このためインフレは基礎的財政収支(=税収−政府支出)も改善する。

これまで政府は、25年度の国・地方を合わせた基礎的財政収支の黒字化とともに債務残高の対GDP比の安定的な引き下げを目指してきた。インフレが続けばおのずとこの目標は達成されるかもしれない。むしろ財政拡大の余地が広がるという楽観論も出てきそうだ。

しかし、そううまくいくものだろうか。

インフレによる財政再建は、国民への暗黙の課税に当たる。物価上昇に賃金の引き上げが追いつかなければ、実質賃金は下がって家計の購買力が低下する。厚生労働省によると、23年度の実質賃金は前年度比2.2%減だった。これは消費税の増税と変わらない。

インフレは資産課税でもある。わが国の家計の金融資産は2000兆円を超えるが、そのうち1000兆円余りは現預金である。仮にインフレ率が5%とすれば、現預金の実質な価値は約4.8%(=5%÷〈1+5%〉)減ることになる。インフレ税とも称されるが、国の借金がインフレで目減りすることは、その借金が国民の金融資産に当たる以上、彼らに税を課しているのに等しい。

金利の上昇と物価対策

また、インフレは名目成長率だけではなく金利の上昇も招く。日銀は金融緩和を続けているが、利上げが近いとされる。5月には債券市場で長期金利が1%台まで上がり、12年ぶりの高水準になった。公債の発行額が多いわが国では、いったん金利が上昇すれば雪だるま式に利払い費が増加しかねない。

加えて政府の支出は制度的には物価に連動しているわけではないが、現実的には過去は連動してきた。23年度の補正予算は13.2兆円に上ったが、うち2.7兆円余りはガソリン代への補助金など物価高対策だった。大型の補正予算が続くようであれば、基礎的財政収支の改善は見込めない。

結局、インフレで痛み(負担)を伴わない財政健全化ができるわけではなさそうだ。市場や政治の動向を勘案しても楽観は禁物だ。

週刊東洋経済 2024年6月22日号に掲載

2024年7月1日掲載

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