経済を見る眼 「103万円」日本の本当の壁

佐藤 主光
ファカルティフェロー

政府・与党は「103万円の壁」の見直しを決めた。103万円とは基礎控除(48万円)と給与所得控除の下限(55万円)の合計であり、所得税の非課税限度額に当たる。国民の可処分所得を増やすと公約した国民民主党の要請を受け入れた格好だ。

他方、政府は国・地方を合わせた基礎的財政収支(PB)を2025年度に黒字化させる目標を掲げている。仮に国民民主党が主張する178万円まで非課税限度額を引き上げると所得税・住民税の減収は7兆〜8兆円に上るという。恒久的な減税であれば、PBの黒字化は困難になる。

これに対しては家計の可処分所得が増えれば消費を喚起して税収はむしろ増えるという向きもあるが楽観が過ぎるだろう。財政が悪化すれば、社会保障など国民の受益は損なわれてしまう。

所得控除拡大の実態とその課題

そもそも、誰の可処分所得を引き上げるのだろうか。所得控除の拡大は一律でなく高所得者に有利に働く。例えば、基礎控除を20万円増やしたとしよう。所得税の最高税率は45%である。この税率の納税者の減税額は9万円(=20万円×45%)となる。一方、最低税率5%の納税者の減税額は1万円(=20万円×5%)にとどまる。

103万円は就労の壁とされる。確かに大学生などの収入が103万円を超えると所得税の特定扶養控除から外されて親の所得税額が不連続に増加する。アルバイト学生が103万円で就労調整する誘因とされる(学生本人は勤労学生控除があるため130万円まで所得税は発生しない)。

もっとも配偶者控除・特別控除と同様、特定扶養控除を例えば150万円まで増額するとともに150万円超では控除が段階的に減額される措置を講じれば、親の税負担増の壁は解消する。アルバイト学生などの就労促進が目的ならば特定扶養控除を見直せば済むことだ。政府も控除の年収要件を引き上げる方針を固めている。すべての納税者に減税することはない。

「非課税世帯」という別の壁

とはいえ国民、とくに所得の低い労働者の不満にも理由がある。政府は新たな経済対策において物価対策として住民税の非課税世帯(約1400万世帯)を対象に給付金を3万円支給するとした。ここに「非課税世帯」という別の壁がある。住民税が非課税となる水準(単身世帯であれば年収100万円)をわずかに超えるだけで給付が得られないという壁だ。

この非課税世帯には高齢者が多く、給付は実質的に高齢者への支援に近い。わが国には米国の稼得所得控除(給付付き税額控除)や英国のユニバーサルクレジットのような働く低所得者の生活を支える仕組みがない。しかし、だからといって彼らのために所得控除を拡充すれば、先述のように恩恵が高所得者に偏ったばらまきになる。

政治はややもすればセーフティーネットの不備をばらまきの口実にして世論もそれに乗りやすい。必要なのは低所得労働者への支援と彼らの就労の誘因(ひいては経済成長)を両立させる給付付き税額控除などの制度構築だろう。

週刊東洋経済 2024年12月28日・2025年1月4日号に掲載

2025年1月23日掲載

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