経済を見る眼 一律給付なら公金受取口座の普及を

佐藤 主光
ファカルティフェロー

7月の参院選に向けて各政党の公約が出そろった。

野党は消費税の時限的減税を掲げる一方、自民党は国民1人当たり2万円の一律給付を実施すると決めた。さらに子どもや住民税非課税世帯については1人当たり2万円を加算するという。

もっとも一律給付は、物価高で真に困窮する世帯に的を絞った充実した支援にはなりえない。また、2万円が加算される非課税世帯の中には低所得でも十分な金融資産を持つ高齢者も一定程度存在する。経済効果の乏しい選挙目当てのばらまきとの批判は免れない。

それだけではない。給付を担う地方自治体の業務負担増加の問題がある。新型コロナ・物価高対策として給付が常態化する中、「地方自治体は国の下請けではない。なぜ国が円滑に給付できる仕組みを作らないのか」との声は強い。

従前、政府(国)は家計との「接点」を持ってこなかった。例えば、所得税や社会保険料は源泉徴収されており、勤労者の多くは税務署に確定申告することがない。一律給付より望ましい給付付き税額控除(稼得所得税額控除)を米国が実現しているのは、確定申告が徹底しているからだ。

また、コロナ禍で多用された雇用調整助成金では雇用主を通して従業員に支払う休業手当を助成する。児童手当の窓口は地方自治体である。無数の個人を相手にやり取りをするより、相対的に数の少ない事業者や自治体を介したほうが国にとっては効率がよかったのだろう。

しかし、社会環境は大きく変わった。人口減少の中、自治体は慢性的な人手不足にさいなまれている。雇用は多様化・流動化している。一方、個人のオンラインによる申請などが技術的に可能になっている。それらを踏まえ、これからは自治体や企業といった「機関」から「個人」へと国の接点を変えることが望まれる。

実際、コロナ禍を契機にマイナンバーカードとひも付けられた公金受取口座登録制度が創設された。「国民生活および国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある災害もしくは感染症が発生した場合」などの特定公的給付はこの口座を通じて支給される。このため、申請が不要なプッシュ型の支援が可能になった。

デジタル庁によれば、公金受取口座の登録数はマイナンバーカード累計交付枚数の6割ほどになっている。事前に公金受取口座を登録しておけば、緊急時の給付金のほかにも、年金や児童手当、所得税の還付金などの支給事務に利用することができる。

今回の給付についても迅速な支払いのため公金受取口座の活用が検討されているという。であれば、(どうせばらまきをするなら)公金受取口座登録を給付の要件とすべきだろう。そうすれば、地方自治体を介さないで、国が直接、給付を行える仕組みが整う。

わが国に欠けているのは、家計へのセーフティーネットを敷くためのインフラ(執行体制)だ。減税や一律給付といった選挙目当ての人気政策で競うよりも、政治は実効性のあるセーフティーネットの構築に注力すべきではないか。

週刊東洋経済 2025年7月12日号に掲載

2025年7月22日掲載

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