金融所得課税の課題 経済活動 阻害しない工夫を

佐藤 主光
ファカルティフェロー

自民党新総裁に石破茂氏が決まった直後の9月30日、東京株式市場で日経平均株価は急落した。石破氏が金融所得課税の強化などに前向きだったことが要因の一つとして「石破ショック」とも揶揄(やゆ)された。

とはいえ、納税者の年間所得が1億円を超えると所得税の負担率(税が所得に占める割合)が低下する「1億円の壁」は以前から問題視されてきた。1億円超において所得税が逆進的で、再分配(所得格差の是正)機能が損なわれていることを示唆するからだ。

所得税は給与・事業所得などには最高税率45%で累進(総合)課税をする一方、利子・配当・株式譲渡益といった金融所得は一律15%(地方分合わせて20%)で課税される。高所得者ほど金融所得が所得全体に占める割合は高く、所得税負担率が下がることになる。

これを是正するため2023年度税制改正で、所得が30億円を超える納税者で負担率が22.5%より低くならないよう差額を課税する措置を講じた。もっとも対象者は限定的とされる。

なお金融所得課税を考える際は社会保険料との関係も重要だ。現行の社会保険料は正規雇用(被用者)なら勤労所得が算出の対象となる。他方、市町村の国民健康保険に加入する非正規労働者や自営業者、介護保険の第1号被保険者である高齢者の場合、保険料には合計所得が反映される。

合計所得には給与や年金のほか、確定申告をすると金融所得が加わる。同じ金融所得でも上場株式・投資信託などを扱う特定口座で源泉徴収されていれば、確定申告は必要ない。彼らの金融所得に保険料が課されるかどうかは、確定申告をするか否かによる。

所得の種類や確定申告の有無による社会保険料の賦課対象のアンバランスは不公平といえる。是正には金融所得を一律、保険料にも反映させるのが一案だ。

米国は給与所得で高齢者向けの公的医療制度の財源として税を払っていることを勘案し、総所得が一定額以上の納税者の利子・配当など純投資所得にも追加課税を行う制度を13年に導入した。社会保険料を租税化したフランスの一般社会拠出金(1991年導入)は、給与・年金のほか金融所得にも賦課されている。

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日本で課税強化する際の具体的な手法の一つは、分離課税のまま金融所得の税率を現行の15%から引き上げることだ。あるいは他の所得と合算して累進課税すべきだという見解もある。ただし、累進課税は留意すべきことが3点ある。

第1に株式などの譲渡益は過去の所得の累積である点だ。仮に今年は株式や土地の売却で1億円の譲渡所得があっても、それ以外の年の収入がゼロだったらどうか。生涯ベースで税を負担する能力(担税力)が高いとは言いがたい。

対処には所得平準化が求められよう。例えば今年の譲渡益が1億円だとしても10年間にわたり1千万円ずつ所得に加算するようにする。売却時の所得税額の急増が避けられる。

第2に、譲渡益(キャピタルゲイン)に対する課税は譲渡益が実現した時期による。保有株式が値上がりしても売却しない限り課税は生じない。税負担を先延ばししたければ売却時期を遅らせればよい。譲渡益に応じて課税額が逓増する累進課税の下では、課税先送りの誘因(ロックイン効果)を助長しかねない。

他方、株式などを時価ベースで評価して課税すればロックイン効果はない。ただし市場で取引されない非上場株式など時価評価が難しい金融資産の扱いや、手元に現金がないときの納税の困難さが課題になろう。

第3が金融所得の損益通算・合算の範囲である。損益通算とは株式売却で生じた損失を配当・利子など他の金融所得の利益と相殺することを指す。金融所得課税は全種類の金融所得間で損益が通算できるわけではない。損益通算できるのは配当・株式譲渡益と公社債の利子などだ(図表1)。

図表1.金融所得課税の損益通算のイメージ/図表2.非課税拠出枠の共通化のイメージ

暗号資産の売買益は、ほかの金融所得と損益通算できない雑所得として扱われる。利子所得も対象から外れている。異なる金融機関に口座を持っている者に「名寄せ」して利子所得を合算できないためだ。

名寄せには金融口座へのマイナンバーの付番(ひも付け)が不可欠だ。しかし政府が金融資産を捕捉することへの政治的な反発もあり、進んでいない。このため累進課税をするにも個人の金融所得を損益通算の上、合算する仕組みができていないのが現状だ。

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分離課税であれ累進課税であれ、金融所得への課税を強化する際、勤労世代の老後に備えた資産形成を阻害すべきではない。そのため、利子・配当などの運用益に課税しない非課税貯蓄の拡充を合わせて行う必要がある。金融所得税は非課税貯蓄の枠を超えた範囲で課されることになる。

政府は24年から少額投資非課税制度(NISA)を恒久化し、年間投資枠も大幅に引き上げた。NISAは拠出時の所得控除がないという意味で課税される一方、運用・給付(取り崩し)段階は非課税だ。Taxed(課税)とExempt(非課税)の頭文字から「TEE型」と呼ばれる。

個人型確定拠出年金(イデコ)拡充もあり得る。イデコは拠出・運用が非課税だが給付段階で課税される「EET型」。これらを合わせて年間あたり非課税拠出枠を共通化すること、具体的には未使用の非課税拠出枠を他の非課税貯蓄制度に回せるようにすることが利用者の利便性などにかなうだろう(図表2)。英国やカナダでは共通の非課税拠出枠が設けられている。

なお、相続を目的とするわけではないため、非課税で資産を保有できる期間には制限を課すのが望ましい。日本のNISAには年齢制限はない。一方、米国の非課税貯蓄である個人退職勘定(IRA)の場合72歳までに引き出すことが求められる。カナダの登録企業年金(RPP)も72歳が期限となっている。

富裕層の資産をスタートアップ企業などへの投資に回す工夫もあってしかるべきだろう。23年度税制改正では、個人投資家が得た株式売却益をスタートアップ企業に再投資すれば、最大20億円まで非課税とする措置が講じられた。

この仕組みを一般化させたのが「支出税」だ。支出税は所得から投資を控除した金額を課税ベースとする。高所得を稼いでも再投資という形で社会に資金を還元する限り、課税は繰り延べられる。逆に配当や譲渡益が累積した資金を取り崩して消費に回す、つまりマイナスの投資になったタイミングで税負担が増える。NISAやイデコも支出税の一種にあたる。

実質的に課税ベースが消費になっていることから消費税にも近い。ただし消費税とは違って制度上、個人が納税義務者になる直接税であり、所得税同様に累進的に課税することもできる。金融所得課税を強化する場合、それと合わせて、支出税のように経済活動を阻害しないような工夫があってしかるべきだろう。

2024年11月6日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2024年11月8日掲載

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