岸田文雄政権は11月に公表した新たな経済対策において「デフレからの完全脱却を成し遂げる」べく所得税減税を掲げた。
国(一般会計)の税収が昨年度71兆円を超えて過去最高を更新したことを背景に、この税収増を国民に「還元」するという。具体的には扶養家族を含め1人当たり所得税3万円と住民税1万円の計4万円を減税する。「賃上げとの相乗効果を発揮できる」よう時期は来年6月の賞与支給時期とされる。減税は1回限りになる見通しだ。
しかし、経済対策ではなく選挙対策と見透かされたのか、減税の国民からの評判は芳しくない。読売・朝日新聞の調査によれば所得税減税について「評価しない」がいずれも6割を超えた。報道各社の11月世論調査では内閣支持率が軒並み20%台に下がり、2021年10月の政権発足以来、最低水準となっている。
国民への還元に効果は
ここで想起されるのが昨秋の英国での「トラスショック」だ。当時のトラス政権は財源の裏付けのないまま歳出拡大や減税など拡張的な財政政策を打ち出した。しかし、財政赤字増への懸念から金利が急騰、さらにポンドも急落するなど市場が混乱し、その後、政策を変更したものの事態は収まらずトラス首相は辞任に追い込まれた。対して、日本銀行による金融緩和(低金利)政策が続くわが国では市場でなく世論が拒否反応を示す「岸田ショック」になったわけだ。
そもそも、減税が岸田首相の言うとおり「確実に可処分所得を伸ばし、消費拡大につなげ、好循環を実現する」かは疑わしい。経済学的にいえば、個人の消費は現在だけでなく将来にわたる所得への期待に依存する。1回限りである以上、将来にわたる所得を大きく変えるものではない。コロナ禍で実施された国民一律10万円の給付(特別定額給付金)同様、多くが貯蓄に回るかもしれない。
とはいえ、複数年の減税が望ましいわけでもない。政府の財政悪化が将来の増税など厳しい財政再建を人々に予期させるなら、「リカードの等価定理」としても知られるように、やはりそれに備えた貯蓄が増えるだけになってしまう。そもそも、過去の税収増分は余っているわけではなく、社会保障費などに「使用済み」だ。
経済成長率を高めることが重要
今後とも高齢化による社会保障費の増加に加え、防衛力強化や少子化対策など歳出拡大の圧力は続く。わが国の財政には還元と称して減税するだけの余力はない。支持率の低下も、減税を含む現在のばらまき政策では経済・社会の閉塞感からの脱却にはならず、かえって将来への不安を高めかねないとの反発があるためかもしれない。
重要なのは、真に供給力を強化して中長期の経済成長率を高めることだ。経済のデジタル化や新陳代謝の促進など成長率を高める構造改革・規制改革を進める。高い成長率が「持続的な賃上げ」につながって、減税しなくても国民の可処分所得が増えるし、将来不安も払拭されるだろう。また、還元というならば、現在の財政を健全化して将来の危機に対応する財政的な余力を残すという形で将来の世代に還元するという、長期的な視点があってしかるべきだろう。
週刊東洋経済 2023年12月16日号に掲載