インボイス導入の課題 個人事業主、簡易課税活用を

佐藤 主光
ファカルティフェロー

10月1日から消費税の適格請求書等保存方式(インボイス制度)が開始される。消費税は生産から卸売り、小売りに至るまでの各取引段階で課税されるが、インボイスはこのうち事業者間(中間)取引に関わる。

例えば卸売事業者は生産者から商品などを仕入れるとき、消費税を上乗せした代金を支払う。この卸売事業者が小売りに販売するとき、小売りが払う消費税から仕入れにかかる消費税を差し引いた額を納税する。この仕組みを「仕入れ税額控除」という。結果として消費税の負担は取引の途中段階でなく最終消費者に帰着することになる。インボイスは適正な仕入れ税額控除のために必要とされる。

欧州諸国を含めて消費税(付加価値税)のある多くの国で導入済みだ。他方、日本の仕入れ税額控除は帳簿や請求書によってきた。19年10月に軽減税率が導入されてからは、取引を税率ごとに記帳した経理(区分記載請求書等保存方式)が求められている。23年10月以降、インボイスがこれらの仕組みに置き換わる。生産者と卸売事業者の間の取引でいえば、商品の購入とあわせて生産者からインボイスを受け取るとともに、これを要件として仕入れ税額控除をするようになる。

ただしインボイス発行や仕入れ税額控除が可能なのは消費税の課税事業者に限られる。消費者が税を負担するのは、財貨・サービスの購入に対し仕入れ税額控除ができないからだ。大学や医療機関のような非課税事業者も同様である。

◆◆◆

今回の制度改正で大きな影響を被るのは、年間売上高が1千万円未満の「免税事業者」とされる。これまで課税事業者が免税事業者から商品などを購入する際にも仕入れ税額控除ができていたが、免税事業者はインボイスを出せないことから今後は認められない。

免税事業者も課税事業者になることを選択できるほか、政府は免税事業者からの仕入れ額についても一定割合を控除できる経過措置を6年間講じる。だが免税事業者が取引上不利になるとの懸念もあり、インボイスへの反対が起きている。

インボイスは本来、中小零細事業者の利益にかなう仕組みといえる。事業者間取引で消費税にかかる価格転嫁が容易になるからだ。前回の消費税率引き上げ時には大手の小売事業者が増税分の価格転嫁を拒否(買いたたき)して、しわ寄せが商品を納入する下請け事業者に及ぶことが問題視された。政府は転嫁Gメンによる監視など価格転嫁対策の徹底を余儀なくされた。

もっとも、課税事業者であれば、仮に仕入れにかかる税額が多くなっても、同額だけ仕入れ税額控除も増えるため当該事業者の負担にはならない。増税に便乗した本体価格の引き下げを意図しない限り、買いたたきは合理的な判断とはいえない。だが下請け事業者との取引が総額(税込み価格)表示であれば、その総額を抑えようとする誘因が買い手に働くかもしれない。

インボイスの特徴は、発行事業者の名称・登録番号、取引内容や対価に加えて、税率ごとに区分された消費税額が明記されることにある。よって仕入れの本体(税抜き)価格と税額を区別できる。このうち税額は控除が約束された「手形」にあたるため、買い手も転嫁を受け入れやすくなろう。

前述の通り、免税事業者はインボイスを使えない。免税事業者については価格に消費税分を上乗せしていても、それが国庫に納付されない「益税」が指摘されてきた。他方、彼らは仕入れ時に払った消費税の控除を受けられない。この分を価格転嫁できなければ「損税」になってしまう。免税事業者の中にはフリーランスなど個人事業主も多い。課税事業者になるのが望ましいとしても、インボイス発行や仕入れ税額控除のための管理などは事務的な負担が重いことは否めない。

一案は彼らに簡易課税の選択を促すとともに、他の課税事業者との取引にあたっては「リバースチャージ」を可能にすることだ。

簡易課税は年間売上高5千万円以下の事業者が選択できる制度であり、仕入れ税額控除は実額ではなく課税売上額に一定の「みなし仕入れ率」を乗じて算出される。この仕入れ率は、飲食を除くサービス業であれば50%など事業の区分により異なる。無論、実際の仕入れ税額とは違う分、益税もしくは損税が生じる。

他方、国外の事業者が国内事業者向けに広告の配信などネットなどを介して役務(サービス)を提供するとき、買い手の国内事業者が消費税を徴収するのがリバースチャージだ。所得税の源泉徴収にも似ている。

個人事業主が税込み価格で1万1千円のサービスを課税事業者に提供したとしよう(図参照)。税率10%の下、消費税額は1千円(本体価格が1万円)となる。買い手の課税事業者は本体価格から「みなし」仕入れ額、サービス業なら5千円(売上高1万円の50%)を差し引いた額の10%に等しい500円をリバースチャージすればよい。この金額は個人事業主が本来納付すべき消費税額にあたる。リバースチャージ後の受取額は1万500円になるが、本体価格との差額500円は仕入れで払ったとみなされる消費税額に相当する。

図:リバースチャージのイメージ

このとき個人事業主は買い手の課税事業者に対しインボイスを発行しなくて済むうえ、簡易課税額に等しい自らの仕入れ税額控除の手続きをすることもない。働き方の多様化で今後、フリーランスなど個人事業主が増えるなら、こうした簡素な手法も選択肢だろう。

◆◆◆

インボイスの形態とその活用についても述べたい。取引ごとに紙ベースでインボイスをやり取りするのは膨大な手間が掛かる。負担軽減の観点からも取引先や取引内容などのインボイス情報をデジタル化するのが望ましい。これを契機に、中小・零細企業を含めすべての取引段階におけるデジタル化と事業者間の情報連携が進めば、経済全体の生産性向上が期待できる。

原材料の調達から生産・流通・販売までの各工程で仕入れ先や製造者を追跡できるシステムを構築するトレーサビリティーが注目されている。工業製品の不良品や食料品での健康被害が発生したとき、迅速に原因を探り対処できる。取引間で発行される電子インボイスの中の売り手と買い手の情報を連結できれば、トレーサビリティーに役立つ。

さらに平時からサプライチェーン(供給網)全体が「見える化」することで、災害時に供給が途絶するリスクを事前把握して対策を講じる事業継続計画(BCP)の実効性が高まるはずだ。水産加工などサプライチェーン上流のインボイスに漁獲地(原産地)情報を取り入れて、下流にも情報が提供されれば、水産資源管理の強化にもつながる。

消費税は輸入段階でも課される。電子インボイスに輸入国情報があれば、畜産飼料や工業用品の原材料を依存している国が把握しやすい。エネルギー・資源・食料などの安定確保を図る経済安全保障にも寄与しよう。税目的以外にもインボイスの幅広い利活用に向けた普及促進が期待される。

2023年8月3日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2023年8月9日掲載

この著者の記事