経済を見る眼 なぜ現代サプライサイド経済学が必要か

佐藤 主光
ファカルティフェロー

筆者が参加する内閣府経済財政諮問会議の特別セッションの中で「現代サプライサイド経済学」(以下、MSSE)が「新しい経済政策の考え方」として取り上げられた。もともとは昨年1月、世界経済フォーラムにおいてイエレン米財務長官がバイデン政権の経済政策として命名したものだ。具体的には潜在成長率の引き上げや労働供給の拡大、インフラ・教育などの改善推進を内容とする。

「現代」を冠するのは、1980年代のレーガン政権時に経済政策の指針であった伝統的サプライサイド経済学と区別するためだ。

伝統版は、減税と規制緩和を軸に民間主導で経済が成長すれば投資家など富裕層の利益はおのずと中低所得層に行き渡る(トリクルダウンする)とした。他方、MSSEではデジタル化やスタートアップ企業の育成、労働者の技能増進など付加価値生産性の向上に向けた取り組みで政府が一定の役割を担い、同時に所得格差是正を行う。

近年流行した現代貨幣理論(MMT)も、民間(市場)任せではなく政府主導の積極的財政による経済運営を提唱する。しかし、MMTがマクロ経済の需要規模を重視するのに対し、MSSEの主眼は供給サイドとその生産性にある。この点で両者は決定的に異なる。

一般に経済政策は、消費・投資を含む需要側に影響する短期の景気対策と供給側を増進する中長期の成長政策に区別される。デフレ経済が続いたわが国では(需要が供給を下回る)デフレギャップを解消しようと政府支出の拡大など需要の喚起に経済政策が偏ってきた。

結果、政策は「規模ありき」になりがちになる。むろん、供給側を刺激する成長戦略がなかったわけではない。しかし、経済政策の入り口=目的として成長戦略が掲げられても、出口=実態は需要をテコ入れする景気対策だった。

例えば、企業の研究開発はイノベーションを通じた成長の原動力となる。しかし、これを促進するR&D税制の効果は往々にして研究開発投資額の増加でもって評価されてきた。投資自体はマクロの需要側だ。投資が増えても、効果に欠ければ成長につながらない。

他方、MSSEの観点から問われるのはイノベーションによる付加価値生産性の向上となろう。また、賃上げにしても、賃金を上げて消費を喚起するというなら従前の需要政策にすぎない。労働参加や生産性の改善を促さなければ供給に働きかけたことにならない。生産性の低迷が続く限り、わが国の成長力は持続的には高まらない。

岸田文雄政権は「新しい資本主義」を掲げて「成長と分配の好循環」を図ってきた。その一環としてスタートアップ企業や労働者のリスキリングへの支援なども打ち出している。

とはいえ、新しい資本主義が真にMSSEにかなうには需給ギャップの解消(マクロ需要の喚起)から技術革新・スタートアップ、労働参加率などサプライサイドに経済政策の目標を移す必要がある。財政赤字を拡大させた「規模ありき」の需要喚起から、生産性や成長力を高める予算のワイズスペンディング(賢い支出)へ転換する時期が来ているのではないか。

週刊東洋経済 2023年4月15日号に掲載

2023年4月20日掲載

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