経済を見る眼 バイデンからの手紙と「プッシュ型支援」

佐藤 主光
ファカルティフェロー

米国での生活経験がある日本人の高齢者の一部にバイデン米大統領からの「手紙」が届いているという。その背景にあるのは、バイデン政権が新型コロナウイルス対策として実施している1人最大約15万円の特別給付金と日米間の社会保障協定の存在だ。

手紙が届いた高齢者は、過去に米国で保険料を払ったため、社会保障協定に基づき、米国から年金を受け取っていた。この年金情報により、実際には多くは特別給付金の受給資格がないのに誤って米国から小切手が送られていた。バイデン大統領の手紙は受給漏れがないよう注意を促す内容だった。

日本の銀行には小切手についての問い合わせが相次ぎ、混乱が生じているという。給付を急ぐあまりの拙速なやり方との批判もあるだろう。一方で「プッシュ型」で支援を行うことはコロナ禍のような非常時にはあるべき措置ともいえ、不手際はその裏返しでもある。

ひるがえって、 わが国の行政は「申請主義」を旨とてきた。昨春、国民に一律10万円を支給した特別定額給付金でさえ、世帯ごとに申請しなければならなかった。持続化給付金を含む中小企業への支援も同様である。しかし、この申請主義の弊害が近年目立っている。

申請待ちでは、本来、支援の必要な個人・世帯に行き届かない事態がありうるからだ。子どもの貧困対策やひとり親世帯への支援がその一例といえる。支援のメニューは多岐にわたるうえ、周知が必ずしも十分ではない。申請に対するスティグマ(差別・偏見)もある。行政の無駄や課題を検証する行政事業レビューでは昨秋、「申請主義の限界であり、 行政が積極的に支援を行うプッシュ型の観点に立つべきだ」との意見が出された。

プッシュ型支援としては英国の事例が参考になる。 昨年3月以降、英国政府はコロナ禍で収入を失った個人事業主などを対象に平時の所得の8割程度を補填する支援を講じてきた。 申請を待つことなく、対象者を歳入関税庁がデータから割り出す。対象者は受給資格があることを伝えられ、オンラインで手続きすれば、登録済みの口座に給付金が振り込まれる仕組みだ。

同国には雇用主が従業員の給与を支払日ごとにオンラインなどで報告する「リアルタイム情報システム」がある。これを使うことでプッシュ型の迅速かつ正確な支援が可能になった。他方、 わが国では個人情報は行政機関ごとに縦割りで管理されており、そのやり取りはマイナンバー法で規定された業務に限るのが原則だ。定額給付金であれ、持統化給付金であれ、支援ごとに申請が必要になる。

日本政府は現在、 行政のデジタル化に本腰を入れているが、 従前の紙ベースの申謂をオンラインに置き換えれば済むというわけではない。その出口はデータの利活用による利便性とサーピスの質の向上だろう。デジタル改革関連法の成立を受け、日本でもようやく子育て低所得世帯へのコロナ対策特別給付金(子ども1人当たり5万円)については自治体への申請手続きが不要になった。所得などの課税情報や世帯情報などを結び付けるプッシュ型支援へ向け、一段の制度整備が望まれる。

『週刊東洋経済』2021年6月19日号に掲載

2021年7月27日掲載

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