経済を見る眼 人材レンタルや出向起業が経済を変える

佐藤 主光
ファカルティフェロー

新型コロナウイルスは終息の兆しを見せていない。東京都では連日400人超の新規感染者が報告されるほか、大阪や仙台をはじめ地方都市においても感染が拡大傾向にある。変異ウイルスも拡大しており、すでに「第4波」への警戒感が高まりつつある。雇用情勢も厳しい。

景気の低迷で休業を余儀なくされる労働者の雇用を守る制度が「雇用調整助成金」である。企業への助成率や1日1人当たりの支給上限額の引き上げといった特例措置もあり、コロナ禍での支給額は累計で3兆円を超える。コロナ前に約1.5兆円あった積立金の全額を取り崩しても不足し、一般会計から1.1兆円が支出された。さらに、本来は失業者のためのものである積立金からも借り入れを行った結果、雇用保険全体が逼迫するに至っている。

雇用調整助成金は非常時のセーフティーネットにはなるが、特例措置が長期化すると非効率な産業や企業を温存しかねないとの批判も少なくない。いずれにせよ、緊急事態宣言の解除に伴い、特例措置は段階的に縮小される見通しだ。

コロナ禍を機に、人手が過剰になった産業から人手不足の産業への労働移動を進める必要があるが、その際に失業なき雇用流動化を求める向きがある。「フレクシキュリティー」として知られる北欧の労働政策は、従業員の解雇を容易にする一方、手厚い失業手当や充実した職業訓練を施している。しかし、わが国では一時的にでも失業することへの抵抗感が根強い。

そこで政府は過剰雇用を抱えた企業からの出向を支援する「産業雇用安定助成金」を新たに創設した。対象の労働者はあらかじめ契約で定められた出向期間が終了した段階で、出向元企業への復職が保証されている。いわば人材のレンタルにより雇用の流動化と維持を両立させる政策である。

すでにコロナ禍で業績が悪化した航空会社を中心に、人手が不足する他業種の企業へ社員を出向させる動きが相次いでいる。当初は出向でも他業種への転職の契機になろう。中長期的には経済の構造転換につながるかもしれない。

関連して期待されるのは、新興企業・産業の創出だ。わが国のベンチャー企業の数は欧米に比べて低い水準にとどまってきた。わが国では一念発起して起業する機運が乏しいのが背景にある。その打開策の1つが「出向起業」である 。出向起業では、大企業などの人材が職を保ったまま自ら起業したり、スタートアップ企業に出向したりする。新規事業が成功すれば正式に独立するが、失敗時には所属元の企業への復帰を認めることで、起業のリスクを低減できる。

政府は出向起業への支援を始めた。安定志向が強く失業や辞職を忌避するわが国において、 人材レンタルや出向起業のような身分が保障された手法は、失業を伴う扉用調整よりもなじみやすいかもしれない。ここで出向元企業は人材バンクの役割を果たすことになる。大企業への人材の偏在を是正して余剌人員を有効活用でき、結果として生産性の高い企業・産業への労働移動が進めば、コロナ後のわが国の成長にプラスとなろう。

『週刊東洋経済』2021年4月17日号に掲載

2021年6月21日掲載

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