スマートフォンは、私たちの日常生活に不可欠なインフラとなっている。私たちはスマホを通じて、SNSや動画配信など多様なサービスの恩恵を享受している。常に携帯していないと日常生活に支障をきたすという人も多いだろう。
こうしたなかで、様々なアプリへのアクセスが巨大IT事業者のプラットフォームに制御されている点が問題となった。そこから生じる競争政策上の課題を解消するために、2025年12月にスマホソフトウェア競争促進法(スマホ新法)が全面施行された。
本稿では同法の成立経緯を振り返るとともに、期待される効果、残された課題を論じたい。
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スマホ上でアプリを入手・利用するとき、入り口となっているのが基本ソフト(OS)、アプリストア、検索エンジンなどの基盤的なソフトウエアである。
OSでは、米グーグルが提供するアンドロイドと米アップルの「iOS」が日本では代表的だ。これらのおかげで私たちは一定の安全性を確保しながら必要なアプリを利用できる。その点で、プラットフォームの社会的な役割は大きい。
他方、こうした基盤的ソフトウエアが少数の巨大IT事業者に管理されていることをめぐり、中小のアプリ事業者などから競争上の課題が指摘されていた。
十分な説明や事前相談もなく契約内容が変更される、アプリの審査基準が不透明である、課金の際にプラットフォーム事業者が提供するシステム以外を使えず、その手数料も不当に高い、といった指摘である。
アプリストアでの配信が認められなければ、アプリ事業者は利用者にサービスを届ける重要経路を失う。また代替アプリストアや外部決済サービスなどの新たな選択肢が、既存プラットフォーム事業者から利用を認められなければ、スマホ上のサービス競争が減殺され、消費者の選択肢や利便性も損なわれかねない。
この懸念は独占禁止法によっても対処できるが、デジタル市場では問題となる行為の実態を外部から把握することが難しい。
契約条件の変更、審査基準、検索結果やアプリ表示の仕組みなど、情報の多くはプラットフォーム事業者側にある。そのため、競争阻害行為が発生した後に情報を集め、個別に違反を立証する従来型の手法だけでは違反行為に十分対応できず、被害の迅速な救済が困難と考えられていた。
スマホ新法はこうした課題に対応するために、主に2つの特徴がある。
第一に規制対象として指定されたプラットフォーム事業者、すなわちアップルと子会社iTunes、グーグルに対して一定の禁止行為と順守義務をあらかじめ定めた点である。具体的には代替アプリストアの提供妨害の禁止など9つの禁止行為と、仕様変更の開示に対する措置など5つの順守義務が定められている。
こうした事前規制に対する違反に、売上高の20%という、従来の独禁法と比べても高い課徴金率を課す。これは巨大IT企業による市場支配的な行為に対して、規制の実効性を高める狙いがある。
他方、事前規制を硬直的に運用すれば、モバイル市場のイノベーションが妨げられる恐れもある。そこでスマホ新法では従来の独禁法のように違反行為を摘発して処分するだけでなく、競争当局が指定事業者と継続的に対話し、ビジネスモデルや取引慣行の改善を促す仕組みを取り入れている。これは「官民共同規制」とも表現できる、スマホ新法の第2の特徴である。
具体的には、指定事業者に順守報告書の提出を求めるとともに、アプリ事業者等の情報提供を受けつつ、公正取引委員会がその内容を確認する。こうした継続的モニタリングで問題があれば自主的な改善を促す。
つまり行政が一方的に命令を出すのではなく、指定事業者との対話を通じ行動変容を促す仕組みである。
この取り組みは始まったばかりだが、指定事業者に行動変容の芽がみられ始めている。アプリストア関係の手数料や第三者サービスの利用に一定の改善が進んでいるのである(図表参照)。変化の一部には海外での規制対応を反映したものもあるが、日本国内でアプリ流通をめぐる競争環境に全般的な変化が生じ始めている点は注目に値する。
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日本ではゲーム等の多くのアプリ事業者の存在を背景に、アプリストアをめぐる取引条件への関心は早くから高かった。とりわけプラットフォーム事業者が、取引上弱い立場にある事業者に対して一方的に不利な条件を押し付ける、いわゆる優越的地位の乱用が意識されてきた。
この問題意識に基づき、プラットフォーム事業者をめぐるルール整備の基本原則を世界に先駆けて確立したのは、18年12月である。
この基本原則を受けて、20年にデジタルプラットフォーム取引透明化法(透明化法)が成立した。プラットフォーム事業者に取引条件開示、苦情処理体制の整備、運営状況に対する報告書の提出などを求め、経済産業省が内容を検証・評価することで、事業者の自主的な改善を促してきた。
当初は大規模オンラインモールとアプリストアを対象とし、22年にデジタル広告が追加された。
こうした取り組みの積み重ねの上に、スマホ新法に明確な禁止行為と高い課徴金が導入されたことは、日本のデジタル市場規制にとって大きな前進である。スマホ新法は欧州連合(EU)のデジタル市場法の事前規制を参考にしつつ、日本で先行してきた透明化法型の官民共同規制を組み合わせた制度といえる。
スマホ新法には3年後の見直しが規定されている。今後の課題として重要なのはデジタル社会にふさわしい、より包括的な法体系をどう整備するかであろう。
デジタル市場における競争上の問題は、スマホに限られるものではない。パソコンやタブレットも重要な媒体であり、今後は新たなウエアラブル端末などが普及する可能性もある。
またスマホ新法に先んじて法制化された透明化法は大規模オンラインモールやデジタル広告など特定分野が対象で、新たなビジネスモデルや市場支配の形が生じた場合にどこまで柔軟に対応できるか課題も残る。
デジタルプラットフォームの市場支配力は通信媒体や業態によって本質的な問題が変わるものではなく、デジタル市場全般の問題として捉えるべきである。この観点から透明化法もスマホ新法も、適用範囲が矮小(わいしょう)化されていると感じざるを得ない。
生成AI(人工知能)が急速に普及するなかで、デジタルプラットフォームをめぐる競争環境の論点は今後さらに変化していく。競争環境を確保しつつ、利便性とイノベーション促進の両立を目指した我が国独自の仕組みに、もう一段の進化が求められる。
グローバルな規制動向とも連携しつつ、日本の生活者や事業者に適した包括的な規制に向けて議論を深める必要がある。
2026年6月4日 日本経済新聞「経済教室」に掲載