電力全面自由化の課題-安定供給確保へ知恵絞れ

大橋 弘
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

今年4月の電力小売りの全面自由化に向けて電力会社が相次ぎ新料金プランを発表している。これまで規制されていた50キロワット未満の小売り電力市場が開放され、一般家庭も電力会社を自由に選択できるようになる。欧州に遅れること約四半世紀、わが国でも電力の全面自由化が始まる。

エネルギー価格の内外価格差を是正するため、1990年代以降、電力市場の自由化が順次進められてきた。しかし、電力量でみて全国需要の約4割を占める家庭向けの市場は規制されたままだった。

家庭向け市場では一般電気事業者(電力10社)のみを供給者とすることで供給責任を担わせるとともに、事業者が安定的に電気を供給できるように、供給に関する費用を確実に回収できる総括原価主義がとられてきた。また規制市場にいる需要家は他の事業者を選択できないので、一般電気事業者から過大な料金を請求されないように、政府による規制料金が課されてきた。

全面自由化後、総括原価主義は撤廃されるが、競争が進展するまで規制料金は残る。需要家が望めば、従来と変わらず規制料金で電力供給を受けられる。他方で、人口減少に伴い電力需要が頭打ちとなる中で、電力の全面自由化と総括原価主義の撤廃は、電力事業のあり方を大きく変える可能性がある。本稿では今後の課題について3つの論点を取り上げて論じたい。

◆◆◆

第1は温暖化に関する論点である。現在の規制料金では、電力を多く使用する消費者ほど割高の単価が設定されており、節電の誘因が与えられている。逆にいえば、電力多消費の家庭ほど、料金を下げる余地がある。どの新料金プランでも、電力を多く消費する家庭に高い割引率が与えられている理由はここにある。

ただ、電力多消費の家庭を中心にして料金が下がれば、節電の誘因がそれだけ薄らぐので、自由化は温暖化対策に逆行しているようにみえる。図で示したように、家庭を含む民生部門でエネルギー消費量が大きく増加しており、全面自由化にあたって家庭での温暖化対策をどのように強化するかが課題である。

省エネの深掘りに加え、2つの包括的な対策が考えられる。1つは小売事業者に対して炭素税を課すという価格規制、もう1つは小売事業者が調達する電気のうち一定割合以上を非化石電源(再生可能エネルギーと原子力)になるよう義務づける量的規制である。いずれの方法も電力料金の上昇を通じて、家庭部門での節電の強化が期待できる。

昨年7月に政府が決めた2030年の電源構成見通しに基づき、電気の調達で非化石電源比率が44%以上になるように量的規制を実施することを明確にし、まずは小売事業者の自主的な取り組みを促す方針を打ち出した。固定価格買い取り制度で、再生エネの普及をうまく制御できなかった反省を踏まえると、価格規制でなく量的規制により30年度の温暖化ガス削減目標(13年度比26%減)を確実に達成しようとする政府の方針は妥当なものと評価できる。

小売事業者の有志は今月、「電気事業低炭素社会協議会」を設立し、共同で削減目標達成を目指すことを表明した。原発再稼働が進まず非化石電源が量的に不足する場合、高い非化石比率を達成するには分母となる電力販売量を制限しなければならない。そのとき事業者は協調して販売量を削減するか、淘汰・統合により削減するかなど厳しい選択を迫られる。自由化と温暖化対策を両立させるという難しい課題に直面しつつある。

図:日本のCO2排出量
図:日本のCO<sub>2</sub>排出量
(注)国立環境研究所のデータを基に、5カ年度ごとに年間平均値を筆者が算出。2014年度は速報値

◆◆◆

論点の2つ目は市場機能の活用である。これまで設備投資に伴う費用を自動的に規制料金に転嫁できる総括原価主義を採用してきた。この制度の下で、電気事業者は稼働率が低くても十分な量の供給設備を保有することで、電力需要に制約を課さずに電気を安定的に送ることができた。

全面自由化後は稼働率の低い設備を保有し続けることは経営の負担になる。ピーク需要時には価格を上げて需要を抑制することで、発電設備の稼働率を上げ効率的に設備を運用することが必要になる。

設備の稼働率を上げるには制約を課してこなかった需要を、価格メカニズムにより平準化する考え方が求められる。電力需給を反映する価格は、発電する事業者と需要家に供給する小売事業者が電力を売買する卸電力市場でつけられる。この市場では需給に応じて価格が変動し、需給逼迫時には価格が上昇する。需要家向けの電力料金が卸電力市場での価格と連動すれば、需給逼迫時に料金が上昇することにより、需要を抑制できる可能性がみえてくる。

新料金プランでも、電力単価を卸電力市場の価格と連動させるプランや、指定日時に節電すると実績に応じ割引が得られるプランが登場した。電力需要を価格により平準化させる試みといえるが、今のところ浸透していない。こうした取り組みに広がりを持たせるには、価格の情報をタイムリーに電力需要に伝える技術開発が求められる。

スマートメーター(次世代電力計)から得られる電力消費のビッグデータと、HEMS(家庭用エネルギー管理システム)などの電力制御機器を組み合わせることで、価格変動に応じて自動的に需要量を変えるシステムを導入することも効果的だろう。

◆◆◆

最後の論点は再生エネである。太陽光発電や風力発電などの再生エネは自然条件に応じて発電量が変動する。風力発電の場合、風がある時しか発電しないので、発電量は需要量と必ずしも相関しない。そこで発電量と需要量のかい離を埋めるため、一定量の高効率の火力発電をバックアップとして待機させる必要がある。待機させるべき火力発電の必要量は再生エネの導入量に応じて拡大する。しかしわが国では再生エネの普及を優先するため、火力発電の出力を抑制することにしたので、バックアップ電源の稼働時間が限られて採算性が悪い。

総括原価主義の下では、こうした電源の費用を規制料金に含められた。しかし自由化の下では、採算性の悪い発電機を保有するのは競争上不利になるので、市場から淘汰される。需給に支障のない形で再生エネをさらに普及させるには、バックアップ電源に関する費用を補填するような仕組みを導入する必要がある。

震災後、電力会社に費用削減の努力が欠如している元凶として、総括原価主義が批判された。確かに、電力会社にコスト意識が薄かったのは事実だろう。ただ、需要を確実に予見・制御することが困難な中で、安定供給を守るために稼働率の低い電源でも保有しなければならない電力会社にとって、総括原価主義は経営上必要な制度でもあった。

人口減により稼働率向上がもはや見込めない時代にあって、総括原価主義の撤廃が安定供給の支障とならないように知恵を絞る時だ。低廉かつ大規模な蓄電が可能になれば安定供給上の多くの問題は解決するが、なお時間を要する。そうした技術が生まれるまでは、稼働率の低い電源を市場に残せるよう新たな制度的な措置が求められるだろう。

新たな制度では、発電事業者の電源投資を促すため、費用回収の予見性を高めるとともに、そのコストを小売事業者にも公平に負担させる仕組みが基本となる。欧米も試行錯誤の段階にある中で、日本の制度設計が問われる。

2016年2月26日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2016年3月18日掲載

この著者の記事