立案・遂行、行政横断で

大橋 弘
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

産業政策ほど時代や識者により評価が分かれる政策も珍しい。1980年代に戦後経済復興のカギとして世界的に注目を浴びた産業政策は、90年代の新自由主義の流れの中で、無用の長物とまで評された。だが2008年に金融危機を迎えると、欧米のみならず新興国でも産業政策がもてはやされるようになった。

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敗戦後、占頷下のわが国産業が歩むべき方向に対して2つの政策的立場があった。

1つは、資源確保の思惑がわが国を軍事的侵略に向かわせたとの反省から、国内の資源開発と市場拡大を主眼にして自律的な経済循環の道を拡大すべきだとの立場である。規模の経済性を生かすために産業再編を推進することで、特定産業の合理化や産業構造の高度化を促すものだ。伝統的に産業政策と評されるものはこの部類に属する。

もう1つは、資源の貧困なわが国は戦前と同じく貿易を中核として産業を形成する以外にないとの立場である。貿易・資本の自由化はこの立場を代表する施策だが、海外企業を含めた競争メカニズムによる自然淘汰を通じて、国内産業が鍛えられて産業構造も適正化すると見込まれた。

わが国の戦後70年の産業政策は、この2つの立場が相互に絡み合う形で形成され、今日に至っているとみなせる。

高度成長期には、豊富な労働力に恵まれたが資本は過少であった。戦後の経済再建を担った繊維や機械など労働集約的な産業に対し、政府は補助金や行政指導などの政策手段を用いて先進技術の導入など資本蓄積を促し、同時に余剰となった労働力を新たな産業へと移行させることで、産業構造の高度化を目指した。

当時、特定産業に対する政策は、幼稚産業保護や合理化カルテル(過剰設備の廃棄)などの形でみられた。今日でも、例えば産業競争力強化法として産業や事業の発展段階に応じた支援策が用意され、石油精製や金属素材などでは強化策が検討されている。

産業構造の高度化が一段落し、欧米の背中がみえるまで資本蓄積が進むと、規制緩和や公的部門の民営化といった構造改革に産業政策のかじが切られた。「失われた20年」に突入し、民間の設備過剰感が解消されない中で、蓄積された資本の稼働率を高めて新たな成長につなげようとした。

競争原理が十分に働かなかった航空・通信分野で自由化が進められ、国鉄や日本郵政公社などが民営化された。市場機能を強化し競争環境を整備することが政府の仕事となり、伝統的な産業政策の手法は影を潜め、「産業政策は死んだ」とまで評された。

産業政策が再び脚光を浴びたのは、08年秋の世界経済危機以降である。まずは、想定外の外生的な需要ショックが原因で企業が経営危機に陥ることを避けるための措置がわが国や欧米諸国で繰り広げられた。エコカーに対する支援など特定分野に対する内需拡大策や、米ゼネラル・モーターズ(GM)など個別企業への経営支援が一例である。

これらの措置の多くは時限的なものであったが、その後も中国などの新興諸国では、国策企業による欧米企業の買収やダンピング輸出が実行された。わが国でも官民ファンドが日本企業の海外などでの事業展開を支援している。

経済協力開発機構(OECD)の13年のリポートでは、企業の事業環境を改善する政府の取り組み全般を産業政策と定義している。今や産業政策は一省庁を超えた政策としての位置づけを得たようだ。

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戦後70年の産業政策を経済学的に評価することは容易ではない。理論的には、産業政策で「市場の失敗」が回避できたことによる経済メリットが、政策推進で生じる「政府の失敗」のデメリットを上回るときに産業政策は正当化される。しかし「市場の失敗」が生じる形態は個別の具体事例により大きく異なることから、個々の事例に対して市場の機能不全がどれほどの弊害を引き起こし得るかを評価することが出発点になる。

「市場の失敗」の程度を指標化できればよいが、最先端の経済学をもってしても、そこまで信頼性に足る指標は存在しない。従って、産業政策の事後評価は世界的にみて乏しいというのが実情である。

学問的厳密性を損なうことを恐れず、産業政策の妥当性についての評価軸をあえて記すと、以下の2つになる。(1)時限的な産業政策により恒久的な効果が生み出せるか(2)産業政策により市場では達成できない良い波及効果を生み出せるか――である。

この評価軸に照らして、09年12月から13年3月まで施行された中小企業金融円滑化法の効果をみてみよう。東日本大震災などの影響で一時的に資金繰りに苦慮した中小企業への支援は(1)から正当化されそうだが、震災などの被害のない事業者にまで法の対象を広げるべきだったかは議論の余地がある。また中小企業の中でもベンチャーなどに対する支援は、わが国で未熟な起業家育成やリスクマネー供給を加速化することになり、(2)の経済波及も見込めそうだ。

ただし米国での事例研究によると、ベンチャー育成に重要なのは、資金提供よりは事業撤退に対する判断の迅速性にあり、ベンチャー投資家に一日の長があるとのことだ。そういう意味では、官民ファンドはわが国で層の薄いベンチャー投資家を育てる役割も期待される。いずれにしても、企業活動の成果を最大限引き出す環境をいかに整備するかが産業政策の課題である。

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今後の産業政策もわが国を取り巻く経済・社会環境に対応して変化し続けていくことだろう。これからの産業政策を考えるうえでのポイントを2点挙げておきたい。

第1は、省庁横断で産業政策を立案・遂行することの重要性である。経済のグローバル化が進む中で、競争力のある国が「ヒト・カネ・モノ・情報」を集めて、産業を活性化する時代となった。国際的な都市間競争の中で、わが国が起業も含めたビジネスをしやすい環境として企業に選ばれるためには、エネルギーや通信のみならず労働・医療も含めた社会インフラを統合的に整備することが重要だ。

必要なのは、事業規制の枠組みを維持したままの規制緩和でなく、縦割り規制を統廃合して、社会システム一体としての新たな規制体系をつくり出すことだ。インフラなどを含む海外輸出を考えるうえでも有益な視点のはずだ。

第2は、政策評価の重要性である。今の政策評価制度は、各府省が自ら所掌する政策の効果を把握・分析して評価することを原則としている。その弊害として、本来の目的であったはずの評価結果の政策への反映が徹底されておらず自己評価にとどまっている。

その結果、需要刺激策を例に挙げると、エコポイントやエコカー補助金など過去に実施された施策に対する事後評価が生かされないまま、似たような施策が繰り返し打ち出される。産業政策に対する知見を蓄積し有効に活用するためにも、政策評価への国会の関与を強めるべきであろう。

今月公表の通商白書は、06年以降の財務分析を踏まえ、日系グローバル企業の収益性が他国企業より劣ると指摘している。経済成長をけん引するのは企業であり、産業政策の役割はその後押しにすぎない点を忘れるべきではない。

2015年7月16日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2015年7月16日掲載

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