電力システム改革の課題 料金上昇や供給減を防げ

大橋 弘
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

今月11日に改正電気事業法が成立し、電カシステム改革の第2段階となる電力小売りの全面自由化が2016年をめどに実施されることとなった。家庭や商店に対する料金・参入規制が撤廃され、全ての消費者が電気の購入先を自由に選べるようになる。

巨大な新市場の誕生を控え、自動車や通信などの小売事業への参入表明が相次いでおり、競争を通じた料金低下とサービス充実が期待されている。他方で電力という財の特異性と公益性の観点から、改革への懸念も根強い。本稿では電気の料金や供給量に絞り3つの論点を取り上げる。

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第1は、全面自由化に向けての移行措置についてである。全面自由化後は料金規制は原則なくなるが、競争が進展するまでの間は規制料金と自由料金が併存することとされた。需要家が新たな自由料金メニューを選択しなければ、従来と変わらず規制料金にて電力供給を受けられる。

わが国の規制料金体系は第1次石油危機後、自発的な節電を促すため段階的に料金が増える「三段階料金制度」を採用してきた。電力使用量が多い家庭(第3段階)には比較的高い単価を適用して省エネを促し、ここからの収益を原資に、生活に最低限必要な消費量の家庭(第1段階)への単価を低くしてナショナルミニマム(基礎的サービスの最低水準)を維持してきた。

規制料金を残したまま新規参入を受け入れれば、割高な第3段階の家庭向けに低価格の自由料金が急増し、クリームスキミング(いいとこ取り)の対象となることが予想される。このとき全面自由化で短期的には料金が下がることになっても、中長期では第1段階の値上げにつながり、ナショナルミニマムを維持できなくなる事態が生じうる。

全面自由化に合わせて第1段階の需要家もユニバーサルサービスの対象に加えて供給義務を課すなど、需要家保護でも万全を期すべきだろう。また、全面自由化が省エネの妨げにならないよう一層の省エネ対策も求められる。

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第2は、全面自由化が電力料金に与える影響である。規制料金のもと、需要家は電力をほぼ固定された単価で使いたいだけ消費できた。電力消費を制限することなく、電力量の変動リスクに伴う需給ひっ迫などの事態を回避するためには、ピーク需要を十分にまかなうだけの発電設備を保有しなければならない。

電源の設置や増設に伴う費用を自動的に規制料金に転嫁できた総括原価方式では、電力事業者は稼働率の低い電源でも積極的に投資する誘因があった。震災後は、この方式が費用削減努力を薄れさせ、過大な設備保有を生み出す一因として批判を浴びた。

全面自由化後は、需要のピーク時にしか稼働しないような稼働率の低い設備への投資は固定費の回収に大きなリスクを伴うようになる。したがって電源設備への投資の減少が見込まれ、総括原価のときと比べて投資の減少分だけ電力料金の下落が期待できる。

電力需要が大きく伸びた高度成長期のような時代は、たとえ設置当初には稼働率が低い電源でも、先行きの稼働率の上昇が見込まれたので過剰設備の懸念は小さかった。しかし現状では、もはや需要の大幅な伸びは想定しにくい。過度な投資誘因を与えないように自由化したことは合理的な判断と評価できるだろう。

他方で全面自由化下で需給がひっ迫すれば、電力料金には上昇圧力がかかる。もちろん原理的には料金上昇は電源投資意欲を刺激することになる。しかし電源開発には通常長い期間とリスクを要する。電力単価の上昇を誘因に民間事業者の電源投資を促そうとすると、かなりの超過利潤(レント)を必要とする。

結局のところ、全面自由化によって電力料金が下落するかどうかは、電力需給の現状と見通しに依存することになる。供給が十分にあれば、市場メカニズムによって電力料金は低下する。他方で供給力が不足していれば、自由化によって料金は上昇するが、電源投資に有効な誘因が与えられるのかどうかが明確でないために、供給力不足が恒常化する可能性がある。

電源設備への投資不足は、先行して自由化した欧米諸国などでは大きな悩みの種だ。電源設備への投資採算の見通しが立ちやすいように、発電事業者に対して固定費相当分の料金を支払うといった「容量市場」と呼ぶ仕組みを形成したり、先渡し市場などリスクを取引・分散できる場を設けたりするといった試行錯誤を続けている。わが国も、同様の取り組みを検討する時期が訪れたといえるだろう。

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最後は、再生可能エネルギーについてである。小売りの全面自由化では、環境価値の高い再生エネの販売に力を入れる新規事業者も見込まれる。12年7月に開始した固定価格買い取り制度によって、すでに水力を除く再生エネの発電電力量に占める割合は2%を超えるまでになった。もし再生エネが燃料コストの高い火力発電の代わりを相当程度果たせるのなら、再生エネの拡充は電力料金引き下げにも貢献できる。

筆者の研究室では急速に普及する太陽光発電に注目し、全国的な大量導入の影響を電気学会による電力系統標準モデルを用いてシミュレーションした。図は太陽光発電の導入シナリオを3つ取り上げ、太陽光以外で供給すべき電力需要を12年度の夏冬それぞれのピーク日において数値計算したものである。

図:太陽光発電の導入シナリオ別 電力需要の試算
図:太陽光発電の導入シナリオ別 電力需要の試算
(注)筆者らによる「太陽光発電の大規模導入に関するシミュレーション分析」(2014年)の手法を用いて経済産業省の資料をもとに作成。13年度末の太陽光導入量は1432万キロワット、13年度末の認定設備が全て稼働した場合の導入量は7133万キロワット

夏には、最も空調需要の高い正午過ぎに太陽光は発電するので、ピーク需要の抑制に寄与する。ピーク時に稼働する老朽石油火力を休止させ、燃料費を削減させる効果を持つ。しかし導入がさらに進むと、需要のピークは太陽光が発電しない時間帯に移っていくため、ピーク需要の抑制量は縮小していき、燃料費の削減効果は低減する。

なお冬におけるピーク需要は十分な日射量を期待できない夕方にあるので、太陽光発電はピーク需要の抑制にはあまり寄与しない。

ここから分かることは、太陽光発電の一定程度の普及はピーク抑制に貢献するものの、導入が進むにつれ燃料費の削減効果は薄れ、逆に太陽光の固定費の相対的な高さが目立ってしまうという点だ。

ピーク需要を抑制することから得られる変動費の削減幅と、火力発電を廃止する代わりに太陽光発電を増設する固定費の純増額とが限界的にちょうど相殺し合う点が、社会的に最適な太陽光発電の累積導入量になる。筆者らの試算によると、最適導入量は約1500万キロワットと算出され、現在のわが国での累積導入量にほぼ等しいことがわかった。

太陽光発電のもつ環境や分散型電源としての価値を勘案しても、太陽光に偏重した買い取り制度の見直しは急務であるといえるだろう。

供給力を確保する観点からは、節電によって需給ひっ迫を緩和する視点も重要だ。電力会社などの指令に基づき電力需要を削減するデマンドレスポンスは、電力消費を効果的に減らせることに加え、節電分を売電して収入を得ることが可能なサービスとして欧米で広がりをみせている。市場全体では発電量が減るので、概念的には「負」の発電をしていると捉えられ、地球温暖化対策の上でも有効だ。

自家発電や再生エネも含め、供給力の確保に向けた施策は目下のところ、ばらばらである。それらに横串をさし、社会的な費用を最小とするような電源構成とはどのようなものかを示すときが来ているのではないかと思われる。

2014年6月26日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2014年7月16日掲載

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