電力供給、価格機能で調整

大橋 弘
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

わが国の電力需給は今冬も予断を許さない状況にある。特に北海道は2010年度比で7%以上の節電目標を設定した。原子力政策の方向性が不透明な中で、化石燃料の調達コスト増などから、11月下旬に関西電力と九州電力は家庭向けで10%前後の値上げを経済産業省に申請。他の電力会社も追随するとみられる。

足元での需給逼迫と料金引き上げ圧力の中で、電カシステム改革を求める声が強い。現行制度への不信に加えて、改革による競争を通じて新規参入が促進されれば、現在不足している供給力の確保に寄与し、料金の実質的な上昇にも歯止めをかけられるのではないかと期待されている。

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欧米諸国の多くは、1980年代の公益事業の民営化や規制緩和の中で、発送配電の分離や小売り自由化に踏み切った。それを追いかけるように、経済学の分野でも電力市場について多くの実証研究がなされている。そこで明らかになったのは、電力という財の特異性と公益性を背景とするシステム設計の難しさだ。

電力は他の商品にみられない特性を持つ。第1に、季節・時間帯により需要が大きく異なる。第2に、貯蔵するのが難しく、瞬間ごとに需給を一致させる必要がある。

大規模に電力を貯蔵できないことから、ごく短時間しか発生しない最大需要(ピーク)時のために多くの発電設備を待機させなければならない。例えば東京電力管内(09年)では、ピーク時の12%の電力を45%の電力設備で賄っている。ピーク時のために低稼働設備を保有できたのは、供給義務と引き換えに、設備投資の費用を確実に回収できる方式が採用されていたからだ。

この「総括原価方式」のもとでは、固定された単価で使いたいときに使いたいだけ電力を使用できた。しかし震災後、この方式は費用削減努力を薄れさせ、過大な設備保有を生み出す一因として多くの批判を浴びることになった。

供給力が不足する中で現存設備の稼働率を上げるには、ピーク時の需要を抑え、オフピーク時に拡散させる必要がある。ピークシフトを強制的に実施する手段の1つは計画停電だが、そうした手法は利用者の不満が大きい。

利用者の選択の自由を確保しつつピーク需要を抑えるには、これまで固定してきた電力単価を需給状況に応じて変えられるようにする必要がある。電力自由化が求められている背景がここにある。自由化の世界では、図のようにピーク時に価格を上げて需要を抑制することにより、発電設備の効率的な運用を図ることが可能になる。

図:電力自由化による価格形成のイメージ
図:電力自由化による価格形成のイメージ

電力自由化をわが国で実現するには制度改正やインフラ整備が欠かせない。まず需給状況が的確に価格に反映されるような市場を設計する必要がある。具体的には、発電をする事業者と需要家に供給する小売事業者が、電力を売買する卸電力市場を整備しなければならない。この市場では需給により価格が変動し、ピーク時には小売事業者の調達価格が上がる。需要家は小売事業者が提示した調達価格をみて、電力使用量を決める。

もちろん、リアルタイムで価格をみるには次世代電力計(スマートメータ)の普及が不可欠であり、またエネルギー需要を最適に管理する自動化システムヘのニーズも高まることだろう。

自由化された電力市場では発電設備への投資誘因は、図のように上昇したピーク価格から得られる発電の超過利益(レント)に基づく。この超過利益が事業的に十分見合うものであれば、投資が進み設備容量が増え、ピーク時の価格が下がる。逆に超過利益が投資コストに満たなければ、投資は進まず設備容量が減り、価格上昇につながる。

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多くの政党が選挙公約に脱原発を掲げる中で、電力自由化を進めながら、いかに供給力を確保するかが将来の大きな課題になる。以下では、供給力確保の観点から電力システム改革で重要な論点を3つ取り上げたい。

第1は、自由化に伴う電力料金のあり方である。多くの海外諸国が電力自由化後、電力価格に上限規制を導入した。その結果、市場メカニズムがうまく機能せず、メリーランド大学のピーター・クラムトン教授が指摘する「固定費の回収漏れ問題」が起きたことで、発電設備への投資不足が懸念されている。

需要家保護を目的としてピーク時の価格上昇を抑えると、需要が十分に抑制されずに停電の確率を高めるだけでなく、発電設備への投資誘因もそがれることになる。こうした懸念に対して、米国東部では小売事業者に数年先の供給力確保を義務づけ発電リスクを一部負担させることで、事業者に発電投資を促す取り組みがなされている。しかし電力需給の価格シグナルをゆがめたままで、適正な投資誘因をどう確保するかは経済学的にも単純な話ではない。

こうした事態を予想したためか、7月に政府が発表した「電力システム改革の基本方針」では、セーフティーネット(安全網)として長期の投資回収を保証する仕組みを導入するとしている。しかし、これは総括原価方式と同じ概念であり、既存の規制体系を新たな規制体系に置き換えることにほかならない。

ピーク時における価格上昇は、電力の自由化において避けがたい事態であり、自由化に伴う「負」の側面を国民に隠すことなくしっかり周知したうえで、システム改革に取り組む必要があるだろう。

第2は、ピーク時における効果的な需要抑制のあり方である。とりわけ電力需要が価格の変動に一層明確に反応するようになれば、ピーク時における需要抑制が容易になるため、スマートメーターの導入による価格の可視化は有効だ。さらにピーク時における需要家のニーズを取りまとめて需要抑制を支援するサービスも効果的だ。

業務用ではビルエネルギー管理システム(BEMS)を通じた複数ビル需要の集中管理をする事業者(アグリゲーター)が登場しており、こうしたサービスの芽を育てることも重要である。

政策的には需要抑制の取り組みを費用対効果の観点で評価し、新たに発電設備を増強する選択肢と比較考量すべきだろう。こうした作業を通じて、目下様々な形で個別に実施されている供給力確保に向けた施策に優先順位をつけることができ、効率的な政策立案が可能となる。

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最後の論点は、競争促進の観点である。ピーク時には供給量を減らすと価格が上昇することから、事業者は恣意的に発電を手控えることで価格をつり上げる誘因を持つ。海外諸国でも問題となっているこうした市場支配力の行使を防ぐには、発電部門を高い透明度で監視できるようなガバナンス(統治)体制の確立が必要だろう。例えば送電部門から独立した中立機関が発電状況をリアルタイムで監視できるシステムを待つことは、市場支配力行使への歯止めになり得る。発送電分離の議論では競争性を確保する仕組みも併せて検討されるべきだ。

電力自由化は市場の活性化に付随して様々な金融商品や小売りサービスを生み出す可能性を秘めている。しかし自由化により私たちの電気の使い方は今以上に大きな変更を迫られる。発送電分離や小売り自由化などの言葉が先行して、電力自由化が持つ重要な側面が見失われることがないようにしなければならない。

2012年12月4日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2012年12月20日掲載

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