太陽光発電の新しい買い取り制度が今月からスタートした。この制度は自宅の屋根などで発電した電気のうち、自家消費分を超えた余剰電力をこれまでよりも高い価格で買い取ってもらえるというものだ。この制度は、日本経済が低迷するなかで、太陽電池や住宅業界など関連業界への大きな追い風となることが期待されている。太陽光発電の普及促進のために、あえて高い買い取り価格を設定し、その費用上昇分は電力料金を通じて国民全体で負担するという本制度の枠組みは、温暖化ガスの排出量削減を国民全員参加のもとで達成しようとする政策を具現化した試みとしても、成果がおおいに注目される。
こうした関心の高さとは裏腹に、この余剰電力の買い取り制度が及ぼす住宅用太陽光システムの普及への影響や、日本の目指す低炭素社会の実現への貢献度合いについては、経済学的な観点からまとまった知見が提供されてこなかったように思われる。本稿では、制度についての定量的な評価を行うとともに、今後の太陽光発電を含む自然エネルギーの導入に伴う課題に関し議論したい。
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補助金の停止などでここ数年停滞していた住宅用太陽電池市場が再び活気を帯びている。今年から補助金が復活したばかりでなく、今月から余剰買い取り制度が始まったことで、ドイツや中国の後じんを拝してきた日本の太陽光発電メーカーが再び世界のトップの座に返り咲くのではないかとの期待も生まれている。
今回の買い取り制度は、住宅における発電システムの購入・設置費用を10年で回収できるように買い取り価格を最大でこれまでの2倍(1キロワット時あたり48円)とするものである。発電した電力を高い価格で買い取ってもらえれば、発電システムの購入・設備費用を早めに回収することができるため、住宅用太陽電池の普及ペースが速まることが予想される。発電システムの費用が半分に低下することを見込んで、買い取り価格を少なくとも2015年までに過去の水準まで下げていくこととしており、国民負担が最小限になるよう配慮されている。
この買い取り制度で住宅用太陽光発電の導入がどれほど後押しされるのか。筆者は文部科学省科学技術政策研究所の明城聡氏とともに、過去10年強の期間における住宅用太陽光発電システムの普及過程を産業組織論における需要関数の推定手法を用いて分析。その上で買い取り制度で普及パターンがどんな影響を受けるかを送配電ネットワークに制約がないとの仮定の下で解析を行った。ここでは特に3つのシナリオに注目して、30年までの太陽光発電システムの普及パターンについて得られた知見を紹介したい。
まず余剰買い取り制度は住宅用太陽光発電システムの導入量を大幅に増やすことが図から見てとれる。この点は、太陽光発電システムを導入するかどうかを消費者が決める際、システム設置コストが重要な判断要素となっていることを示唆する。事実、住宅用太陽光発電システムの導入量は、実質的な設置コスト(つまり施工費を含むシステム設置コストから補助金や余剰電力買い取り額、電力料金の節約分を差し引いたもの)に対して弾力的で、その弾性値は2(追加的に費用を1%増やすと導入は2%増える)を超えることがデータから明らかになった。太陽光発電システムの20年における累積導入量は、余剰買い取り制度がなければ600万キロワットにすぎないが、今回の余剰買い取り制度によって前政権での導入目標であった2800万キロワットを達成できることとなりそうだ。
この余剰買い取り制度で発生するコスト増は、太陽光発電システムを保有しているか否かにかかわらず電力料金を通じて回収されることになっている。こうした補助金政策が経済学的に正当化されるかどうかは、温暖化ガス削減による経済価値の増分を含めた社会余剰が買い取りコストを上回って増加するかどうかに依存する。温暖化ガスの経済価値換算にはいくつかの指標があるが、我々の分析では、余剰買い取り制度による消費者便益および生産者利潤への波及効果は十分に大きく、経済学的にも正当化されうる制度であることが確認された。
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今月から始まった買い取り制度は、「余剰」電力に注目して国民負担が最小限になるように配慮した日本独特の制度とされている。だがこの買い取り制度も、20年での温暖化ガス排出量を90年比25%削減するために必要な太陽光発電の目標量として今月4月に地球温暖化問題に関する中期目標検討委員会で示された1つの目安である05年比55倍(7900万キロワット)を満たすことはできない。
では、ドイツやスペインなどで行われているような「全量」買い取り制度を取り入れれば目標は達成できるのか。われわれの分析によれば、55倍を達成するには、買い取り範囲を発電電力の余剰から全量に変更しただけでは導入のインセンティブ(誘因)として不十分であることがわかった。
すなわち55倍の目標達成には、すべての家庭に太陽光発電システムを導入してから10年間、発電電力全量について1キロワット時当たり48円の買い取り価格を保証する制度を20年まで継続しなければならない。このシナリオの下で普及過程を「全量買い取り制度」として図に示した。この仮想的なシナリオでは、電力の買い取り費用だけでなく、送配電網の安定化のための対策費用も大幅に増え、消費者負担が莫大になる恐れがある。全量買い取り制度は、制度導入の意義を明らかにすることはもとより、電力系統に対する影響を見極めるなど、余剰買い取り制度を設計した時以上にきめ細かい検討が必要になるだろう。
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最後にこの分析で明らかにされた太陽光発電にかかわる今後の課題について3点指摘したい。第1はパネル価格の問題である。パネル価格が5年で半分に低下するという余剰買い取り制度が前提としている条件が崩れると、普及の速度はわれわれの分析で予測されたより大幅に遅くなってしまう。現実には、主に中国からの安価なパネル輸入増がみられる中で、価格競争を通じてパネル価格も大きく低下することが予想されるが、他方で輸入の急拡大は国内メーカーの育成や太陽光発電関連産業における雇用の創出を妨げることにもなるだろう。
我々の分析では、たとえ生産者余剰がすべて海外に流れても、今回の買い取り制度は経済学的に意味があるとの推定結果が得られたが、産業政策的な観点からは、輸入品に負けない日本のパネルメーカーの奮起に期待がかかる。
第2の課題として、温暖化ガスの削減という観点からは太陽光発電の普及に過度の期待をかけることができない点だ。余剰買い取り制度による20年における温暖化ガス削減量は、現状の変換効率では90年排出量のわずか1%強にとどまる。温暖化ガス排出量を90年比で25%削減するには、原子力の普及の拡大はもとより、マイクロ水力やバイオマスなど、さまざまな新エネルギーを互いに競わせながらバランスよく広めていく競争政策的な視点が何よりも不可欠となってくるだろう。
最後の課題は、太陽光発電の大量導入に伴う技術的な側面である。日中に太陽光パネルから発生する大量の電力を社会全体で効率よく使うために、蓄電池や電気自動車などの技術開発を積極的に進め、世界に誇る日本の高い電力品質が損なわれることのないよう日本の低炭素化の流れにイノベーションが追いついていく必要がある。様々な関連産業で取り組まれている技術開発を束ねて標準化する試みを国が後押しすることが肝要だ。こうして生まれた日本の標準技術は、同様にグリーン化が進む欧米・アジア諸国でも高いニーズがあるはずだ。
太陽光発電をはじめとする国産エネルギー比率を高めていくことは、今後も予想される資源価格の乱高下に左右されない経済活動の基盤を確立する上でも正しい方向だと思われるが、国民負担の増加は避けられない。環境と経済とバランスをとりつつ、幅広い国民の合意形成を図ることが国に求められている。
2009年11月10日 日本経済新聞「経済教室」に掲載