イタリアではポピュリズム(大衆迎合主義)をよりどころとする新政権が6月に発足した。財政支出拡大を志向し、公的債務のさらなる累積が新たな財政危機の火種になると懸念されている。財政危機の可能性に関する市場参加者の評価を表すイタリア国債(10年物)のドイツ国債に対するリスクプレミアム(上乗せ金利)は、2010年以降のユーロ危機時よりは小さいものの、5月29日には3%近くまで跳ね上がった。
一方、10年5月に始まったギリシャの財政危機に対する金融支援が今年8月に終了することが決まった。債務は削減されないが、金融支援の融資の償還期限を10年間延長して、引き続き財政を監視下に置くこととなった。ユーロ危機で金融支援を受けた5カ国とイタリアの政府債務残高の国内総生産(GDP)比率はなお高水準にある。
財政危機は、債務者である政府と債権者である民間投資家(金融機関を含む)との間の政府の返済意思(ソブリンリスク)に関する情報の非対称性に起因する。他国や国際機関からの金融支援の可能性を考慮に入れると、財政危機は当該国への金融支援に関する不確実性にも依存する。
さらに債権者の間で他の債権者の行動に関する情報が不完全なため、債権者がわれ先にと売り急ごうとする。その結果、政府による債務不履行の意思決定前に国債価格が暴落し、信認失墜により借り換えが不可能となり、財政危機が自己実現することもある。もし債務不履行となった公的債務を金融機関が大量に保有していたならば、金融機関のバランスシートが毀損され、財政危機が金融危機を引き起こすことになりかねない。
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ギリシャが財政危機に直面した際には、欧州連合(EU)基本条約(リスボン条約)で、他のEU加盟国や欧州中央銀行(ECB)による財政危機に陥った政府に対する財政援助や金融支援がモラルハザード(倫理の欠如)抑制の理由から排除されていた。
当時は財政危機に直面した政府に対してのみならず、当該国の国債を保有する金融機関に対しても、さらには経営破綻に追い込まれた金融機関の預金者に対しても、統一的なセーフティーネット(安全網)が準備されていなかった。これらの危機管理が不確実な中で、ギリシャの財政危機が深刻化し、さらには南欧諸国を中心に他のユーロ圏諸国に財政危機が伝染した。
EUは財政危機や金融危機への対策の不確実性を解消すべく、新たな危機管理スキーム(枠組み)を構築してきた。ユーロ圏全体と構成国の金融安定を保護することに限定しながらも、資金調達の不安が深刻化したユーロ圏諸国への金融支援提供を目的として、セーフティーネットが構築された。まず欧州金融安定ファシリティ(EFSF)が時限的に設けられ、その後に常設機関として欧州安定メカニズム(ESM)が設立された。
セーフティーネットは、マクロ経済調整プログラム実施のための融資、発行・流通市場での国債などの買い上げ、予備的クレジットライン(融資枠)、金融機関の資本増強などで構成される。ユーロ危機時には、マクロ経済調整プログラムの融資がEFSFを通じてアイルランド、ギリシャ、ポルトガルに、ESMによりギリシャとキプロスに実施された。スペインに対してはESMにより銀行の資本増強のため融資が実施された。
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世界金融危機とユーロ危機の経験を踏まえて、欧州銀行監督機構(EBA)がEUでの金融サービスの単一ルールブックを策定し、銀行の資本増強を図った。加えて単一市場での健全かつ頑健な銀行部門を再構築するため、単一銀行監督メカニズム(SSM)、単一銀行破綻処理メカニズム(SRM)、欧州預金保険制度(EDIS)の3本柱から成る欧州銀行同盟の構築を目指している。SSMとSRMの運用は始まったが、EDISは諸国間でまだ合意に至っていない。
SSMでは、ECBがユーロ圏内の300億ユーロ超の資産を有する銀行などに対し、単一の監督権の下で共通の基準により直接に監督している。
一方、SRMでは金融危機の当該国内での拡大や他のユーロ圏諸国への波及を防ぐため、単一破綻処理委員会がSSM対象銀行に対し、破綻処理の意思決定を一元的に迅速に進めることで破綻処理の効率化を図っている。また破綻処理のための資金は対象銀行から拠出され、単一破綻処理基金により管理されている。
リスボン条約によりECBが政府などから資産を直接購入して信用供与することが禁じられているため、ユーロ危機の当初はECBによる金融支援は限定的だった。
世界金融危機に直面した際に、ECBは大規模な資産購入プログラム(カバードボンド=債権担保付き社債=購入プログラムと証券市場プログラム)を通じて流動性を供給した。その後ユーロ危機発生から2年が経過した12年に、ECBは証券市場プログラムに代わり、無制限に国債を買い入れる国債購入プログラム(OMT)を導入することを発表した。この効果もあり、南欧諸国の国債のリスクプレミアムが縮小した(図参照)。
このようにEUではユーロ危機を経験して、財政危機およびそれから派生する金融危機に対する危機管理スキームが構築されて、頑健性が高まった。しかしメルケル独首相とマクロン仏大統領による18年6月のメセベルク宣言が指摘したように、なおも課題が残されており、一層の取り組みが求められる。
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第1にESMの予備的クレジットラインは、経済ファンダメンタルズ(基礎的条件)が健全ながらも流動性危機に陥った国に対して機動的に実行されれば効力を発揮できるが、まだ使用されていない。
流動性危機の管理に失敗すると、経済ファンダメンタルズに悪影響が及ぶ。適切な危機管理により流動性危機が収まれば、より深刻な危機に対するフル装備のプログラムを使用する必要もなく、経済を安定させられる。従って単一破綻処理基金と同程度の規模を有する基金の設立・増強により資金面の対応を進めることで、予備的クレジットラインを一層充実させるべきだ。
第2にESMの機能を充実・拡大して、欧州版の国際通貨基金(IMF)へ発展させることが必要だ。予備的クレジットラインの設定は当該国の健全性が前提となる。その健全性を示すコンディショナリティー(条件)を設定し、それらと照らし合わせて各国経済を評価しなければならない。またセーフティーネットの実効性を高めるために、マクロ経済調整プログラムなどの他の救済プログラムの評価・監視の役割が高まるだろう。
中でも当該国の債務の持続可能性が最も重要な評価対象となる。それにはユーロ圏諸国のマクロ経済全般を評価するために、人材や組織などの面で危機管理能力を構築することが一層重要となる。
第3に欧州銀行同盟の第3の柱であるEDISはセーフティーネットとして、リスク軽減・分散を実現する重要な役割が期待される。金融危機の予防・管理のためには欧州銀行同盟を一層強化すべきであり、3本の柱が整うことで完成する。これには南欧諸国のモラルハザードを招きかねないとして反対する国もあり政治的に交渉は難航しそうだが、諸国間の調整により早期の実現が望まれる。
2018年7月13日 日本経済新聞「経済教室」に掲載