日米欧の金融政策 変更時期のずれ、波乱要因

小川 英治
ファカルティフェロー

17日に英国北アイルランドで開幕した主要国(G8)首脳会議では、世界経済の課題が議論される。一方、18~19日の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、世界経済全体に大きな影響を及ぼす米金融政策の今後の方向性を議論することから、世界の注目を集めている。

現在の世界経済を鳥瞰すると、景気回復と停滞が同時進行するなど、各国経済は様々なベクトル方向に向かっている。世界金融危機の震源地となった米国経済は、量的緩和による積極的な金融政策によって徐々に回復する兆候を見せている。世界金融危機の影響を直接に受けた金融機関を多く抱えた欧州経済では、財政危機がようやく小康状態となった。

一方、世界金融危機の直接的な影響は小さかったものの「失われた20年」を経験してきた日本では、デフレ脱却をめざす安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」が始動し、その期待感に依拠した株価上昇や円安が先行した。BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)などの新興市場経済諸国は、世界金融危機後の世界同時不況からの回復に寄与すると期待されたものの、リーマン・ショックから5年近くが経過して、経済成長が減速傾向にある。

金融グローバル化の進展のなかで、日米欧がそれぞれにデフレ、金融危機、財政危機から脱却するために、量的緩和という非伝統的金融政策を積極的に実施した。そのことによって、資金が世界中にあふれ、収益を求めて国境を越えて駆け巡っている。

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各国経済が様々な方向のベクトルに向かい、しかもその方向が刻一刻と変化することによって、世界経済を駆け巡る資金は一方向に安定的には流れず、混沌とした動きを示している。とりわけ、日米欧の金融政策変更のタイミングのずれが金利差の変動を通じて資金移動に大きな変動をもたらしている。その結果として、各国の金利、株価、為替相場のボラティリティー(短期的変動性)が高まるとともに、通貨間の中期的なミスアライメントが起こっている。

世界金融危機が発生する直前の2008年7月にはユーロがドルに対して史上最高値(1ユーロ=1.6ドル)に達した。その理由の1つとして、米連邦準備理事会(FRB)と欧州中央銀行(ECB)の金融政策変更のタイミングのずれを指摘できる。FRBはサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題に対処するため、仏BNPパリバ銀行がファンドを凍結した07年8月に、速やかに金融緩和に転じた。一方で、サブプライムローン問題の直接的な影響が欧州の金融機関にも及んでいたにもかかわらず、ECBは08年9月にリーマン・ショックが起こるまでインフレ抑制にこだわり、金融緩和に転じることに遅れた。

図は、ユーロとドルの短期金利の差(ユーロ建て銀行間金利から米FF金利を引いた値)の動きをドル・ユーロ為替相場との対比で示している。この金利差のマイナス幅が06年後半から縮小に転じ、さらには08年に入るとプラスヘと逆転した。このような金利差の動きを反映して、ユーロが08年半ばまで増価し続けた。欧州の金融機関が世界金融危機の影響を直接に受けていたにもかかわらず、ユーロが増価し続けていたことは経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)から乖離したユーローバブル以外の何ものでもなかった。

図:ドルとユーロの短期金利差と為替レート
図:ドルとユーロの短期金利差と為替レート

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同様のことは、FRBの積極的な量的金融緩和政策への変更に比べて、日本銀行がインフレ目標を含むデフレ対策のための「大胆な」金融政策への変更に遅れたことによって08年以降の過大な円高が発生するというミスアライメントにも見られる。金融政策変更のタイミングのずれが為替相場の乱高下やミスアライメントを引き起こし、世界経済の波乱要因となってきた。

今後、日米欧の中央銀行は、それぞれの経済を睨みながら、量的緩和金融政策をいつまで維持するのか、あるいは、すでに米国で議論が出始めている量的緩和の出口政策をいつ始めるのか、模索するであろう。だが、日米欧間でそのタイミングがずれるのは必至である。金融政策変更、すなわち量的緩和の出口政策の実施のタイミングのずれが高い確率で起こり、そのためにこれらの3つの経済の間で資金が流出入を繰り返し、金利や株価の大きな乱高下と通貨間のミスアライメントが起こるであろう。

これらの変動を一層拡大させる要因として市場参加者の予想がある。金融政策変更が実際に起こって金利差が変化し、為替相場や株価が実際に変化してから、投機を行ったのではすでに遅い。金融変数が変化し始める前に行動を起こさなければ、収益を得られない。そのために、金融政策変更を事前に予想する必要があり、それに関連する新しい情報、すなわち「ニュース」を求め、その「ニュース」に依拠して予想を立てる。

各中央銀行による金融政策変更に関連する様々な「ニュース」が出現するたびに、市場参加者が抱く予想が変わる。その予想に基づく投機によって金利、為替相場、株価の乱高下が一層大きくなる。このように市場参加者の予想が自己実現的に金融変数に影響を及ぼすことが、バブルをも生み出す。

市場参加者の期待感が、安倍政権誕生後の日銀による「大胆な金融政策」のベクトルに一致したことから、その期待感に依拠した行動によって円安や株価上昇が実現した。このような現象をポール・クルーグマン米プリンストン大学教授は「ハネムーン効果」と呼んだ。しかし、裏を返せば、デフレ脱却という予想が実際に実現されなければ、その期待感は裏切られることとなり、その時の反動は逆方向に大きく振れるかもしれない。

日米欧の金融政策変更の夕イミングのずれとその予想は、円・ドル・ユーロの為替相場のみならず、BRICsなどの新興市場経済国にも影響を及ぼす可能性がある。

かつて1994年に発生したメキシコ通貨危機の原因の1つに、隣国米国の不況から好況への景気変動の中での金融政策変更があると指摘されている。不況時にあった92年12月に3%を下回っていたFF金利をFRBは景気回復とともに94年12月には5%台まで急上昇させた。そのため、92年から93年にかけて米国からメキシコに流入した大量の資金は、94年以降、メキシコから米国に逆流することとなった。その結果としてメキシコ・ペソが暴落した。

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BRICsなどの新興市場経済国では、日米欧の量的緩和金融政策であふれ出した大量の資金が流入し、経済が過熱気味であった。しかし今後、出口政策への金融政策変更によって日欧米で金利が上昇し始めることによって、資金の逆流及びバブル崩壊さらには通貨危機が起きかねない。

さらにそれらが深刻化しかねない要因が、新興市場経済国における構造的な経済成長率の低下である。発展途上国が経済成長をある程度遂げると、賃金上昇によって国際競争力を失い、高所得国に向かってさらなる経済成長を遂げられないという「中所得国のわな」に陥る傾向がある。

日米欧の超低金利時代に流入してきた資金を生産性上昇に活用できなかった新興国では、日米欧の中央銀行による出口政策に伴って、深刻な資金の逆流と、それに伴うバブル崩壊、通貨危機が懸念される。日米欧の中央銀行にはこれまで以上に政策対話・国際協調を通じて繊細な金融政策のかじ取りが求められる。

2013年6月18日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2013年6月25日掲載

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