欧州危機 封じ込めるか-財政再建支える安全網を

小川 英治
ファカルティフェロー

金融支援を受けたギリシャの財政危機は終息するどころか、アイルランドやポルトガルに波及したほか、スペインが銀行部門への資本注入のための金融支援を要請する事態となっている。

2010年5月のギリシャヘの第1次金融支援で適切に財政危機管理の措置を講じていれば、ギリシャの財政危機が深刻化したり、他のユーロ圏諸国へ波及したりする事態とはならなかったかもしれない。第1次金融支援では、財政危機管理に必要とされる対応策の3点セット、要するに「財政再建と財政規律の確保」「債務削減」「セーフティーネット(安全網)の構築」の一部が欠けていた。

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ギリシャでは、09年10月の政権交代後、財政に関する統計処理の不備の暴露や財政赤字の大幅な上方修正で、政府に対する信認が失墜したことをきっかけに財政危機が起きた。これ以降、ギリシャのソブリンリスク(政府債務の信認危機)が認識され、国債利回りが跳ね上がった。こうした経緯を考えると、前述の3点セットの核となるのは、失墜したギリシャ政府に対する信認を回復させることであり、財政再建はもとより、財政規律を確立し、投資家にとって可視化することだ。

2つ目は、財政危機の処理を現実的に推し進めるため、民間部門の関与を通じて巨額の政府債務をある程度の規模に削減することだ。これにより、財政再建・財政緊縮がギリシャ経済にもたらす負担を軽減できる。同時に債務削減は、財政再建を遂行するインセンティブ(動機づけ)を政府や国民に与えることになる。一方で、債務危機における貸し手としての民間金融機関の役割の重要性を鑑みて、借り手とともに負担の一部を共有させ、貸し手のモラルハザード(倫理の欠如)の防止につながる。

3つ目は、債務削減に応じる民間金融機関に対するセーフティーネットを用意することだ。債務削減による民間金融機関への影響を最小限にとどめるだけでなく、財政危機から金融危機への発展を抑えるとともに、域内金融統合の中で他のユーロ圏諸国への波及を抑制する効果が期待される。セーフティーネットとして過渡的に10年6月に欧州金融安定基金(EFSF)が設立されたうえで、欧州安定メカニズム(ESM)の設立が12年7月に計画されていた。

ESMは、ユーロ圏全体およびユーロ圏各国の金融安定を目的として、ESM加盟国に安定化支援資金を提供するために設立される。予防的金融支援としての条件付きクレジットライン(融資枠)、金融機関の資本増強のための政府を通じた間接的な金融支援(あるいは12年6月19日のユーロ圏サミットで提案された金融機関への直接的な金融支援)、発行・流通市場での債券買い上げが、金融支援の具体策となる予定だ。

これらの3点セットがそろって初めて、財政危機は解決に向かうことになる。しかし、第1次金融支援にはこのうち財政再建しか含まれなかった。その段階でセーフティーネットについてはEFSFを10年6月、ESMを13年7月(その後12年7月に前倒し)までにそれぞれ設立することを提示したにすぎず、債務削減も盛り込めなかった。欧州連合(EU)の基本条約であるリスボン条約に、モラルハザード防止を目的とする財政移転禁止条項が設けられていたことが背景にある。

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ギリシャ財政危機の発生時には、セーフティーネットが設立されていなかったため、債務削減を実施することもできず、財政再建のみに頼らざるを得なかった。鼎(かなえ)の足が1本しかなければ、当然自立できず危機管理自体が不安定となる。結果として財政再建も進まず、財政危機の解決が遅れることとなった。

むしろ危機対応の遅れから、ソブリンリスクが高まるとともに、ギリシャ国債の価格が下落を続けた。そのため、合意された債務削減率は、11年7月に21%だったのが、11年12月には50%、12年3月には53.5%まで拡大した。危機対応の遅れが事態を悪化させたことは明らかだ。

危機対応を急ぐために、当初計画から1年前倒しして12年7月にESMを設立することを計画したが、12年2月にユーロ圏諸国間で署名されたESM設立に関する条約は、国内の批准に時間を要した。とりわけドイツの憲法裁判所が9月12日に合憲か違憲かの判断をすることに伴い、設立が10月に延期された。ESM設立には9割の拠出シェアを占める国々が批准する必要がある。表にあるように最大の拠出シェア(27%)を占めるドイツが批准しない限り、設立には至らない。

表:各国のESM拠出額・シェア
ESM加盟国拠出額(億ユーロ)シェア(%)
ドイツ190027.1
フランス142720.4
イタリア125317.9
スペイン83311.9
オランダ4005.7
ベルギー2433.5
ギリシャ1972.8
オーストリア1942.8
ポルトガル1752.5
フィンランド1251.8
アイルランド1111.6
(注)拠出シェア1%未満の6カ国は省略
(出所)ESM設立に関する条約

ESM設立が遅れる中で、スペインでは銀行部門を中心に金融危機に直面する事態となった。6月にスペイン政府からの要請に応じて、EFSFが同国金融機関への資本増強の融資(上限1000億ユーロ)をすることとなった。ESMが設立されると、金融支援の機能はEFSFから移ることになる。しかし、ESMの融資能力(5000億ユーロ)をスペインヘの金融支援(1000億ユーロ)やギリシャの一般政府債務残高(12年3月末で2804億ユーロ)と比較すると、資金力不足は否めない。

前述のように、リスボン条約の財政移転禁止条項がギリシャ危機発生時の対応を後手に回らせた。最適通貨圏の条件の1つである財政移転を禁止するという制約を課したことで、危機管理面で制度上の欠陥を抱えていた。

ギリシャの財政危機がユーロ圏内に波及し、金融危機に発展する中で、走りながら危機管理のための制度設計・構築を進めているのが現状だ。そのような状況にあっても、ユーロ圏の先導的存在であるべきドイツが、ESM条約の批准を遅らせて、財政危機管理にブレーキを踏んでいる。

それでも、9月12日にドイツの憲法裁判所でESMが合憲と判断されて、同国でもようやく批准されることとなった。これにより10月にはESMが設立される。

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これで果たして欧州危機は収まるであろうか。その答えを探るうえで、財政危機管理のための3点セットがすべてそろったかどうかがポイントになる。

ESM設立が遅れている間に財政危機が他のユーロ圏諸国に波及し、財政危機から金融危機へ発展しつつあることを受けて、ユーロ圏全体の経済状況が悪化している。税収の落ち込みのために、必要とされる財政再建がより厳しくなり、国民には受け入れがたくなりつつある。とはいっても、3点セットの核は、財政再建と財政規律の確立であることに変わりはない。財政危機国はこれらに取り組む以外に道はない。

対応の遅れから財政危機が深刻化する中で、国債価格の一層の下落により、債務削減率の一段の拡大が必要となるかもしれない。ESM設立の遅れによる悪循環が事態を悪化させ、ますます欧州中央銀行(ECB)の国債買い入れや、ESMの国債買い入れと資本注入の負担が増大する可能性もある。

納税者の声を気にするドイツなどの非危機国が財政危機管理にブレーキを踏み続けると、むしろ財政危機管理のコストが増大し、結局ますます納税者の負担を増やすことになる。早急の対応により、財政危機管理のコストの増大を抑えることが肝要である。財政・金融に関する危機管理の3点セットの1つであるセーフティーネットを構築するために、ESMを設立し、その融資能力を拡充するに当たって、ドイツはユーロ圏の最大国として先導的役割を担うべきであろう。

2012年9月20日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2012年10月4日掲載

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