ユーロ安定へ「離脱ルール」

小川 英治
ファカルティフェロー

ユーロは1999年初め、欧州連合(EU)の11カ国に導入され、今年初めには17カ国目としてエストニアにも導入された。だが2008年のリーマン・ショック以降、ユーロは乱高下を続けている。

EUはユーロ圏加盟の条件として、マーストリヒト条約による経済収れん条件(インフレ率の低水準への収れん、長期金利の低水準への収れん、財政赤字・公的債務残高の国内総生産=GDP=比の上限など)を課している。今、これらの経済収れん条件を巡り、とりわけ財政赤字・公的債務残高の急増でいくつかの国が財政危機に陥り、ユーロ自体も危機に直面している。

一方で、EUはユーロから離脱するルールを決めていない。離脱ルールの欠如は危機に直面している国にはプラスに働くうえ、ユーロ圏諸国間の結束力の維持につながるものの、ユーロそれ自体に対しては波乱要因となっている。

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ギリシャで財政危機が発生すると、GDP比でギリシャに次いで大きな財政赤字に直面していた他の南欧諸国(ポルトガル、スペイン、イタリア)やアイルランドなどに波及することが懸念された。

そこで10年5月、ユーロ圏諸国と国際通貨基金(IMF)がギリシャヘの金融支援を決定した際に、欧州金融安定基金(EFSF)とともに、財政危機が波及した場合の対応のため一時的措置として欧州安定メカニズム(ESM)が設立された。

こうした対策にもかかわらず、ギリシャ財政危機がアイルランドとポルトガルに波及し、懸念は現実のものとなった。そして一巡する格好で、ギリシャの財政危機が再燃し、11年7月にギリシャヘの第2次金融支援が決定した。

ギリシャヘの第1次金融支援(ユーロ圏諸国とIMFの合計で1100億ユーロ)に続き、第2次金融支援でもほぼ同額の1090億ユーロを追加支援することとなった。第1次金融支援では民間金融機関などの民間部門の関与がなかったが、第2次金融支援では公的な金融支援だけでは賄えきれない部分について民間金融機関が自発的に債務削減などにより負担する。 民間部門の債務削減は国際金融協会による提案であり、ドイツ銀行、フランス・BNPパリバ、英HSBC、オランダ・INGなどの欧州の銀行を中心に、カナダ、韓国、クウェートの銀行を含む39の世界の金融機関が関与する(8月9日時点)。負担総額は11年半ばから20年半ばまで純債務で1060億ユーロ(総債務で1350億ユーロ)の規模が想定されている。

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こうした民間部門の関与により、11年から20年にかけて満期を迎えるギリシャ国債(1350億ユーロ相当額)の債務リストラが実施される。現行の7.5年物国債を15年物国債および30年物国債へ交換することによるモラトリアム(償還期限の延長)と、国債交換の際の20%のヘアカット(債務元本の削減)が柱だ。同時に、ユーロ圏諸国61.43%の価格で買い上げるという債務削減も実施される。

こうしたモラトリアムとヘアカットの組み合わせである債務リストラは問題はあるものの、ギリシャ国家財政の債務超過を解消するには近道である。同時に、IMFからの金融支援の条件となっているギリシャの財政健全化は着実に進めなければならない。そうでなければ、ギリシャの政府と国民のモラルハザード(倫理の欠如)を助長しかねないからだ。

さらに、ギリシャ国債の債務リストラのうち、国債交換の際の20%のヘアカット率やユーロ圏諸国政府による61.43%の国債買い上げ率が、適切なヘアカット率かどうかについては、検証が必要であろう。もしこれらのヘアカット率がギリシャの財政再建にとって不十分であれば、金融機関が自らのバランスシートを毀損しつつ負担を引き受けても、ギリシャの財政再建の根本的な解決にならない可能性があるためだ。

そもそもEFSFが設立されるまでは、ユーロ圏には債務リストラによる債務超過解消への近道が存在していなかった。そのこと自体がユーロの価値を不安定にさせる要因であった。そういう意味では、EFSFの拡充は必要である。

一方で、ドイツのように健全財政にある国々の納税者は、自らの税金を使って、財政規律のない危機国を支援することには慎重である。そのため、11年末までに予定しているEFSFの拡充に必要とされる、ユーロ圏各国による批准が円滑に進むかどうかも懸念材料である。

加えて、12年末か13年初めまでに各国議会でESMが批准されないと、13年7月1日に予定されているEFSFからESMへの移行も遅れることになる。その場合にはユーロ圏諸国の政策対応およびユーロそのものに対する信頼性を失いかねない。EU内に金融支援のための協調体制が必要とされるゆえんである。

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財政危機の懸念からPIIGS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)のみならず、直近ではフランスでも国債の長期金利が上昇し始めている。その一方でユーロ圏の一部ではインフレ率が上昇しており、欧州中央銀行(ECB)は金融政策のかじ取りでトレードオフ(相反)に直面している。

図:EU主要国の長期金利(10年物国債利回り)
図:EU主要国の長期金利

財政危機による金利上昇が激しいことから、ECBはソブリンリスク(政府債務の信認危機)により金利上昇が顕著なイタリアやスペインなどの国債を購入する政策を実施し始めた。8月8~12日にはユーロ参加国の国債を新たに約220億ユーロ購入し、週間の規模としては過去最大となった。EFSFによる国債買い上げも検討されている。

金融政策は、一部の国々におけるインフレ懸念と他の国々のソブリンリスクを両にらみして運営する必要がある。こうした状況ではECBは、ギリシャなどソブリンリスクが高まっている国債を買い上げる(金利を引き下げる)と同時に、ドイツなどインフレ懸念が高まっている国の国債を売る(金利を引き上げる)という、国債スワップ操作によりそれぞれの金利を適切に誘導することが必要となる。

ソブリンリスクを導入した動学的確率的一般均衡モデルを用いて、千葉経済大学の岡野衛士准教授と共同研究をした。それによると、通貨同盟内の2力国の金利を同時に同方向に誘導することを前提として、金融政策の目標をインフレのみ、もしくはソブリンリスクの低下だけに設定して運営すると、他の目標を犠牲にしてしまう。それよりも、前述したような国債スワップ操作を通じて、各国の状況に応じて金利を誘導するのが望ましいことが証明された。

ユー口危機を終息させるには、財政危機国における財政規律の確立や、増税と政府支出削減による財政再建が前提となる。一方で、ユーロ離脱のルールの欠如自体が財政規律を喪失させ、モラルハザードを引き起こしている。

財政危機に陥っている国がユーロから離脱して自国通貨に戻ると、大きく自国通貨安・ユーロ高となるために、その国のユーロ建ての国債の負担が急増する。そのため、危機国をユーロから離脱させることはその財政状況を致命的にするかもしれない。

しかし、ユーロから離脱させられる事態に陥りかねないことを政府と国民が理解すれば、ユーロ離脱のルールの存在それ自体が、モラルハザードを抑制するメカニズムとして作用する。財政規律のない国にとっては、むしろユーロから離脱させられないよう、財政再建に真剣に取り組むことが期待される。もろ刃の剣となるものの、ユーロの安定化に寄与するであろう。

こうして財政規律を確保してモラルハザードを抑制しながら、民間部門関与による債務リストラと、EFSFによる国債買い上げ、ECBによる国債スワップ操作により、冒頭で触れたユーロ圏加盟のための経済収れん条件の回復を目指さない限り、ユーロ危機の終息は遠いだろう。

2011年8月26日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2011年9月5日掲載

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