AI利用が生産性に与える効果

森川 正之
特別上席研究員(特任)

人工知能(AI)関連技術が進歩する中、2010年代後半に「第4次産業革命」ブームが起き、日本を含む多くの国がAI振興戦略を策定した。最近は「Chat(チャット)GPT」をはじめとした生成AIの利用が急速に広がり、資料作成、営業活動、顧客対応などに活用する企業が増えている。

AIは適用範囲の広い「汎用技術」なので、その開発・普及は経済全体の生産性を大幅に高める潜在力がある。AIが人間の能力を超える「技術的特異点」に達すると、経済成長率が発散的に加速する理論的可能性も指摘された。同時にAIが人間の労働に代替し、多くの雇用が失われるという試算も行われた。現時点では、特異点到達は遠い将来のことと見られているが、当面の生産性や経済成長に対してAIはどの程度の効果を持つのだろうか。

1990年代半ばから2000年代前半にかけ、「IT(情報技術)革命」で米国をはじめいくつかの国の生産性上昇率が加速した。コンピューターやソフトウエアなど「IT生産産業」よりも金融業、運輸業、流通業といった「IT利用産業」の寄与度が大きかった。IT利用産業の規模が大きいからである。最近は産業用ロボットなど自動化技術が、生産性や雇用に及ぼす効果の研究が進展しているが、AIの経済効果に関する実証分析は遅れている。産業・企業のAI利用実態に関する包括的なデータがなかったことが大きな理由である。

中堅規模以上の日本企業を対象に、筆者が経済産業研究所で行ってきた調査によれば、5年前にAIを利用していた企業は3%に過ぎなかったが、最近の追跡調査によると10%の企業が利用している。特に大学・大学院卒の高学歴従業者の割合が高い企業ほどAIを利用する傾向がある。そして利用企業の8割が、自社の長期的な生産性へのプラス効果を見込んでいる。

一方、日本の就労者を対象にした最近の調査によれば、AIを仕事に使っている人は約6%だった。高学歴者ほど利用している傾向が顕著で、現時点で知的スキルとAIが補完的なことを示唆している。利用者の約3分の2が業務効率が高まったと回答しており、個人差が大きいものの、主観的な生産性上昇率の平均値は20%以上だった。

原稿執筆、プログラミング、顧客サポートなど特定の業務を対象とした実証実験で、AIの効果を厳密に計測する研究も現れている。分析対象とした業務によって効果のサイズには大きな幅があるものの、ほとんどが生産性を高める効果を確認している。

今後、AIを仕事に使う人が増えるのは確実だから、経済全体の生産性に対して無視できないプラス効果を持つと予想される。ただし、AIの生産性効果が大きい業務に携わる人ほどAIを利用しているというセレクション効果があり、AIの適用が難しい産業や業務の存在がマクロ経済効果を制約することに注意する必要がある。AIの経済効果を高めるには、ホワイトカラーのデスクワークという範囲を超えた広範な業務への適用拡大が課題だろう。

2024年5月9日 日本経済新聞「エコノミスト360°視点」に掲載

2024年5月15日掲載

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