サービスで広がるステルス値上げ

森川 正之
所長・CRO

人手不足が深刻化し、生産性向上が課題になっている。重要なのは、国内総生産(GDP)シェアが大きいサービス産業の生産性をいかに高めるかだ。

生産性の分子に当たる付加価値は、価格上昇率を割り引いた実質値を使う必要がある。その際に用いられる物価指数は、財でもサービスでも「品質調整」が行われるのが建前だ。例えばパソコンは、価格が変わらなくても、性能が向上していれば価格低下として扱われる。しかし、サービスの場合、医療技術の進歩など質の変化を統計的に捉えるのは難しい。このため、長期的にはサービス価格上昇率は高めに、生産性上昇率は低めに評価される傾向がある。

サービス物価は長い間安定していたが、最近は人手不足を背景に上昇している。消費者物価指数のうち、サービス(帰属家賃を除く)の上昇率は足元で約3%と、消費税率引き上げの影響を受けた時期を除けば30年以上ぶりの高い数字だ。財物価の上昇率は一時より鈍化しているが、サービス物価の上昇幅は拡大している。サービスの多くは労働集約度が高いので、名目賃金上昇の影響を受けやすい。

しかも、足元のサービス物価上昇率は過小評価されている可能性がある。食料品などでは、表示価格を変えずに容量削減で価格を実質的に引き上げる「ステルス値上げ」が盛んに起きたが、これらは物価指数に反映される。一方、サービスの場合、長く待たされる、接客態度が良くない、苦情への対応が遅いなど、質の低下をうかがわせるケースが散見されるが、物価統計を作成する際、これらを「品質調整」するのは困難だ。

筆者の調査によれば、新型コロナ前に比べサービスの質が低下していると感じる消費者は多く、銀行など金融機関、病院・診療所、飲食店などで顕著だ。つまり、質の変化を勘案した真のサービス物価上昇率は、統計上の数字よりも高い可能性がある。サービスのステルス値上げである。

この調査から消費者物価指数の約半分を占めるサービス物価の上昇率が、何%過小評価されているかはわからない。しかし、真の上昇率で計算すると、実質経済成長率や生産性上昇率は見かけよりも低いことになる。

厳密な生産性計測には、顧客の労働投入も考慮する必要があるだろう。サービスの質が低下し、消費者が時間を投入して対応しなければならないケースが増えていると考えられるからだ。人手不足に対処するためデジタル化が進んでいるが、企業側の都合で作られ、消費者にとっては甚だ不親切なシステムも多い。サービスの質の低下を感じる若年層が比較的少ないのに対し、中高年層で多い傾向があるのはその傍証といえる。消費者の利便性にも配慮したデジタル化が重要だ。

この問題はマクロ経済政策とも関係する。サービス物価上昇率が過小評価だとすれば、金融政策は物価統計から判断されるよりも早め、強めに引き締めるのが望ましい。真の実質経済成長率がGDP統計の数字より低いとすれば、供給力を高める政策の必要性は強まる。

2023年11月30日 日本経済新聞「エコノミスト360°視点」に掲載

2024年1月10日掲載

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