生産性を上げる在宅勤務のあり方

森川 正之
所長・CRO

新型コロナウイルスの感染拡大で急増した在宅勤務者は、2020年春の「緊急事態宣言」ごろのピークに比べ減少したが、現状でもコロナ前の3~4倍に達する。職場勤務に戻す企業が増える一方、在宅勤務の恒久化を目指す企業も現れている。在宅勤務の実行可能性や生産性は、業種、職種、個々のタスクによって異なる。企業によって方針が違うのは当然だろう。

コロナ収束後の在宅勤務について、在宅勤務者の希望と企業の方針の間には大きなギャップがある。職場勤務に戻りたい在宅勤務者は1割しかいないが、5割以上の企業は職場勤務に戻す方針だ。労働者にとって在宅勤務には、通勤の負担からの解放、ワークライフバランスの改善などのアメニティー価値がある。

一方、企業の立場からは、組織内での知識やノウハウの共有、長期的なイノベーションへの影響を含め、この働き方が生産性や収益性にどう影響するかが重要だ。在宅になじまない多くの業務も存在するし、新人への教育訓練は、オンラインでは難しい。

在宅勤務の生産性は、個人や企業で差が大きく、自宅での業務効率が低かった人ほど職場勤務に戻るようだ。一方、自宅と職場の生産性に差がない人や自宅の方が高い人もいる。また、在宅勤務の長期化に伴い、学習効果や情報通信機器への投資などを通じ、生産性は改善している。

自宅での生産性が高ければ、ウィンウィンなので労働者と企業の間で摩擦は起きない。だが、労働者も企業も、平均的な自宅での生産性は職場に比べ2~3割低いとみており、在宅勤務の対象範囲や頻度を削減する方向の調整が続く可能性が高い。

中長期的には、在宅勤務者の相対賃金の低下という形の調整もありうる。賃金は生産性を反映するので当然ともいえるが、それだけが理由ではない。働く時間や場所が柔軟な場合、賃金が多少低くても労働者は受け入れ、逆に柔軟性に欠ける仕事は賃金の割り増しが必要なことを、多くの研究が明らかにしている。「補償賃金」という考え方で、米国では在宅勤務の拡大が、今後の賃金上昇を抑えることを示す研究も現れている。

在宅勤務の生産性は、仕事によってまちまちなので、一律の仕組みを適用するのは合理的でない。リモートツールの広範な普及は、新型コロナの数少ない正の遺産ともいえる。物理的に集まるメリットが少ない定型的な会議などは、リモートの方が日程調整の自由度、交通機関の遅延リスク回避といった観点から効率的なことが多い。一方、現在の技術を前提にすると、機微な情報交換、現場でのブレーンストーミング、初対面の顧客との接触など、リアルの優位性が顕著な業務もある。

リモートと対面を上手に使い分ければ、トータルの生産性は上昇してもおかしくない。筆者は、週1~2日程度の在宅勤務をオプションとする形が広がるのではないかと予想しているが、対面とリモートの最適な組み合わせ、在宅勤務が困難な業務を担う従業員を含め公平感・納得感が得られるような処遇を巡り、しばらく模索が続くだろう。

2022年10月21日 日本経済新聞「エコノミスト360°視点」に掲載

2022年10月28日掲載

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